琴言譚[きんげんたん]

今、救世主なら語る

東芝、粉飾事件があぶり出した「原発と米の闇」


東芝が躓(つまず)いた。組織的に不適切な会計処理に手を染め、1500億円もの巨額の利益を不正にかさ上げしていたのだ。しかも粉飾をしていた期間は辞任することになった田中久雄社長、前任の佐々木則夫、そしてさらにその前任の西田厚聡の時代にまで遡るというから驚きだ。


事態は深刻で東証も問題視、「上場廃止すら検討している」という。
いったい名門企業に何が起こったのか。記者会見で分かってきたのは3社長それぞれが体面を保つため、数字を操作、粉飾を繰りかえしていた事実だが、実はそれはあくまでも表面上のこと。

本当の理由は「原発と米国」いう闇を体内に抱え込んだことに辿り着く。

悲劇の起点は2006年10月。東芝が米原子力大手ウエスチングハウス(WH)を買収したことから始まる。金額にして54億ドル(6000億円)。
「高すぎる」と批判された構想が白紙に戻された新国立競技場を2つ以上建設できる計算だ。巨費と引き換えに東芝原発という闇を招き入れた格好なのだが、そのWHとはそもそもどういう企業なのか。

WHの創業は1886。ニューヨーク生まれの発明家ジョージ・ウエスチングハウスが変圧器や交流発電機を手がける会社として設立した。ペンシルベニア州で米国初の原子力発電所を稼働させたいわば原子力界の名門で、世界の原発市場で最もポピュラーな加圧水型軽水炉(PWR)の特許を持っている。
このWH買収を決めた当時の社長は西田氏。そしてその下で実務を取り仕切り買収プロジェクトを進めていたのが、佐々木氏だ。

今では公の記者会見の席上で、互いを批判するほど犬猿の仲の2人だが、WH買収時点では蜜月で、経営の集中と選択という名のもとに、銀座のシンボルだった「銀座東芝ビル」のほか、東芝EMIを売却、そこで生み出したお金を原子力ビジネスに集中させていった。二人三脚で東芝の命運を原発ビジネスにかけたわけだ。

このWHを軸とした原発シフトの傾向は2009年に入り一気に加速していく。西田氏が東芝の次世代ビジネスとして経営資源を集中させたのは原発ともう1つ半導体だったが、リーマンショック後の市況の悪化で2009年3月期に過去最悪となる3400億円の最終赤字を計上した。

こうなれば「やはり後は原発しかない」との雰囲気が社内で支配的となっていく。

その年の6月には社長は西田氏から佐々木氏に変わるが、これで原発ビジネスへの傾斜にブレーキが利かなくなる。


西田氏の後を引き継いだ佐々木氏は早稲田大学理工学部機械工学科卒業後、東芝に入社、一貫して原発畑を歩んだ生粋の原発屋。原子力技師長、原子力事業部長を務めた専門家でもある。

東芝の経営の危機を原発シフトにより乗り切る方針を明確に打ち出し、アクセルを踏み込んでいった。
権力を集中させ、その集中過程で、今回の事件の粉飾決算の土壌も整い、粉飾で取り繕った好決算を背景にまた一段の権力の集中が進んだ。

 「原発は10年を単位とする息の長いビジネス。しかし、一発あたればあちこちに紛れ込ませた赤字も一気に解消できるビッグビジネス」との思いが佐々木氏にはあったのかもしれない。

しかし、賭けは裏目に出る。2011年3月、福島県震源地とする東日本大震災が発生したからだ。原発の新設計画が国内外で滞り、原子力はリスクの高いビジネスに変わる。原発の新規受注はいったん、ここで完全にとまる。

止まらなかったのは、東芝だ。

新規の原発プラント建設の仕事がなくなっても、すでにある原発への燃料供給の仕事はあると判断、ここに活路を見いだす展開に出たのだ。WHをテコに原子力発電所向けの核燃料事業を世界で拡大、例えばフランスでも電力公社(EDF)から核燃料の長期供給契約を獲得した。この結果、仏原子力大手アレバのお膝元でフランスでの核燃料シェアは2割から4割に高まり、2014年度の核燃料受注額は2000億円を超え、直近の5年間のなかで最高の規模に達した。

新規原発プラントにしても東日本大震災の影響で先進国から受注がなくなったが、発展途上国などでは完全に動きがとまったわけではない。

国際エネルギー機関(IEA)は、世界の原発の発電容量は2040年に6億2400万キロワットと13年比で6割増えるとしているが、その新設分の4分の1強が中国と見ている。中国では25年までに50基が新設されるとの予測もあり、この中国の需要については東芝も依然、有望と見て攻勢をかけ続けた。WHは東芝の傘下にあるというものの米国の会社で、WHを全面に押し出せば、対日感情が悪化している中国でもビジネスは可能と判断したのだ。

しかも、東芝傘下のWHには「AP1000」の技術がある。これは今、日本にある原発の数歩先に行くもので、外部電源などが失われても原子炉が完全にとまる「受動的(パッシブ)安全設備」を備える。
「3・5世代」(または「第3世代プラス」)と呼ばれる原子炉で、万が一、原発が制御不能となり3日間は作業員がいなくても安全性を保ち、東京電力福島第1原発のような事態でも事故を避けられるという。

東芝はこのAP1000なら商機ありと見て、東日本大震災の後も中国向けの新規プラント輸出で攻勢をかけ続けた。

この動きは中国だけにとどまらない。ブルガリアの国営電力会社「ブルガリア・エネルギー・ホールディング(BEH)」へも納入する方向で交渉を進めている。受注額は5000億円前後となる見通しだ。

こうして見ると東芝東電福島第1原発であれほどの事故を起こしておきながら、決して原発シフトの流れを止めようとはしていない。

むしろ、加速させた。

しかし、ここで大切なのは、それは米WHの隠れ蓑があってはじめて成立するビジネスモデルだったということだ。
東電福島第1原発の事故で日本の原発技術の信頼は一気に失墜した。

そのためにWHのブランドを借り、米政府の強い外交力に押し出される格好で原発ビジネスを世界展開させていったのである。

 ここでだ。問題は「さすが東芝」と見るべきかどうかだ。

よく考えて頂きたい。東芝が輸出した原発プラントが万が一、トラブルを起こした場合、そのツケはいったい誰に回るのか。

当然、親会社である東芝に回ってくるのだ。米政府もWHの原発プラント輸出は後押ししても、事故が発生した場合、これに責任を持って対応するようなことをするはずがない。

原発ビジネスが順調に回っている分には米国の雇用増につながり原発部品メーカーの台所を潤すから後押しはするが、事故が発生したと同時に「善意の第三者」の立場に逃げ込むのは間違いない。

しかし、さらに注意が必要なのはこれほどの巨大プラントを東芝が世界各地に輸出し、このうちのいくつかでも事故が発生すれば、そのツケは東芝という1民間企業が払いきれる範囲をあっさり超えてしまうということだ。
そうなれば当然、東芝は倒産する。しかし、裏を返せばそれで東芝の法的責任は免れられる。

ならば残ったツケはどうなる。日本政府に回ってくるのだ。すなわちそれは、東芝が企業利益を追求し無節操に輸出した原発プラントのトラブル処理を、日本国民の税金であがなうリスクが発生していることを意味する。

確かにAP1000は世界的な原発技術を注ぎ込んだ最高水準のプラントであることは間違いない。
だからと言って、100%安全だと誰が保証できるというのだ。日本に建設された原発プラントも東電福島第1原発の事故が発生する前は、「ジェット機がマッハの速度で衝突しても損傷することはない」と説明された。
しかし、その言葉を今も繰り返す人は1人としていない。

こう考えれば、東芝は1企業として超えてはいけない矩(のり)をすでに超えている。しかも粉飾決算というタブーに手をのばしてまで矩を超え、暴走し続けた。この結果、東芝を媒介にして、米国が進める原発拡散政策に日本も知らず知らずのうちに引き込まれてしまっていった。

その東芝の暴走が今回の不正会計処理事件で、ようやく止まったのだ。奇しくもこの事件で経営の舞台から姿を消すのは東芝の経営の舵を原発ビジネスに切った3人。

しばらく東芝原発ビジネスを立て直す余裕はないだろう。

「神の見えざる手」(アダムスミス)はここにも密かに、しかししっかりと伸び、東芝の無邪気で無責任な原発ビジネスに歯止めをかけた。《了》