琴言譚[きんげんたん]

今、救世主なら語る

禁断のイチジク、花は安倍の〝実〟内で咲く

自民党安倍晋三首相(党総裁)の総裁再選を決めた。消費増税マイナンバー制導入、そして安全保障関連法の成立……。いずれも戦後日本の路線を大きく転換する政治的な決断だ。それを成し遂げた安倍首相はこれから3年という時間を手に入れ、「次は憲法改正」と打ち上げた。華々しい、実に華々しい――。それなのに不思議に花は見えない。まるでイチジクのように。

●折り込みずみの支持率低下

 日本が攻撃されていなくても戦闘に参加できる集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法。最高裁内閣法制局関係者からの「明白な憲法違反」という批判を押し切った強引な法制化だっただけに、安倍政権も相当な体力を消耗した。各新聞社やテレビ局の調査でも5~10ポイント支持率を下げ、支持率30%台に突入した調査もある。
それでも支持率30%台は「黄色信号」の範囲内。「安全保障関連法」を強行すれば支持率が低下するのは予想された結果で、政権側も「これなら想定の範囲内」だろう。アベノミクスの名のもとに年間80兆円もの国富を市場(マーケット)に投入、官製相場で株価の急回復を演出し支持率を上げてきたのも、今回の強行採決に備え「のりしろ」を作っておくためだったと言える。

安倍政権にとってみれば「さて、これから再び支持をどう取り返すか」ということだろう。それを証拠に安倍首相が正式に再選された24日、「アベノミクスは第2のステージに移る」として経済最優先の政権運営を進める考えを表明、その骨格となる新たな「3本の矢」を発表した。それぞれの矢に「希望」「夢」「安心」の3つのキーワードを刻み、国民に示してみせたが、この3本の矢はいったい何を射抜こうとしているのか。本当に花は咲くのか。少し検証してみよう。

●日本版エンクロージャーが始まる

 まず、1本目の「希望を生み出す強い経済」。2014年度に490兆円だったGDP(国内総生産)を600兆円にまで引き上げるという。そのために女性や高齢者、障害者の雇用を拡大、日本全体の生産性を引き上げる計画で、安倍首相は「1億人が活躍する社会を実現する」と表現した。

 何とも不気味ではないか。まるで15世紀以降、英国で起こったエンクロージャー(囲い込み)をイメージさせる。毛織物工業がさかんになった英国で、羊を飼育するために農地から農民を追い出し、あふれた労働力が工場に追い立てられた。同じように日本でも家庭から主婦やお年寄り、体の不自由な人がオフィスや工場に追われ、そこに外国人やロボットが侵入してくる社会が来るのではないか。
おりしも国民に総背番号をつけるマイナンバー制度が導入される。一人ひとりの生産性がガラス張りにされ、GDPに貢献しない国民の居場所はないというのだろうか。

確かに英国で農地を追われた農民が後の産業革命を支えたとする学説はある。しかし、家庭から追い出した女性や高齢者、障害者を使って今さらに日本でどんな産業革命を起こそうというのか。「希望を生み出す」どころか「失う」内容である。

●「家」がほころぶ

 2本目の矢は「夢を紡ぐ子育て支援」。現在1・4程度の出生率を1・8にまで引き上げるのだという。幼児教育の無償化はいいとして、ここで気になったのは「ひとり親家庭の支援」に言及したことだ。もちろんひとり親の子どもも平等に教育を受け、健やかに育つ環境を整えてもらう権利はある。ただ、これをわざわざ子育て支援として公式に表明するとなれば意味合いが異なってくる。事故や災害で両親のいずれかを失った子どもはともかくとして、親であることの自覚の薄い「シングルマザー」(シングルマザーがおしなべてそうだという訳ではないが)も国が「どんどん支援しますよ」というのはいかがなものか。国のもととなる「家」「家庭」の崩壊を助長することにはならないか。

 最後の3本目の「安心につながる社会保障」という矢はどうか。高齢者の介護のため、会社を辞める「介護離職」をゼロにするという。確かに目標は立派だ。結構なことではある。しかり、どうやって実現するのか。財源はどうする。要介護度3以上で特別養護老人ホームなどへの入所を自宅で待つ待機者は現在でも約15万人いる。さらにこうした人々の数は加速度的に増えていくというのに、介護のための人材は慢性的に不足、仮に確保できたとしても、そうした人たちを雇うための財源を国は持たない。石油など資源開発で国がいっこうに稼ごうとしないためだが、結局、ゴリ押しすれば一段の消費増税で、若年層に負担をつけ回すだけになってしまう。こんな画餅を国民が信じるとでも思ったか。

●「実の内」で花は咲く

 こう考えると、この3本の矢で国民の生活に花は咲きそうにない。仮に咲くとしても、継続される金融緩和の恩恵を受けられる富裕層、輸出余力のある大企業のトップ層など安倍政権の身内ばかり。つまり花はまるでイチジクのように安倍政権という「実」のうちでこそ咲くのである。

 安倍晋三首相は24日の記者会見で「憲法改正は党是だ。改正に支持が広がるように与党において、自民党において努力を重ねていく」と述べた。2016年夏の参院選でも「公約に掲げていくことになる」と話した。「希望」「夢」「安心」の政策で経済を浮揚させ、「平和」のため憲法を改正するという安倍政権。これを国民はどう評価するのか。問われているのは国民である。

 旧約聖書の創世記では「エデンの園で禁断の果実を食べたアダムとイヴは、自分たちが裸であることに気づいて、いちじくの葉で作った腰ミノを身につけた」とある。ここから禁断の果実はイチジクであるとする説があるそうだが、まさにこのイチジクを食らうのか、食らわないのか。来年の参院選はそのことが問われている。(了)



※『楽園のアダムとイブ』
17世紀初頭のフランドル絵画の巨匠ヤン・ブリューゲルと大画家ピーテル・パウルルーベンスによる共作の中で最も傑出した作品のひとつ。