琴言譚[きんげんたん]

今、救世主なら語る

SUN(サン)マが決める国の盛衰

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「世の中で1番さびしいことはする仕事がないことです」。福沢諭吉の「心訓」のなかの言葉である。確かに職のないことは寂しい。ただ、これは海のサンマとて同じことだ。仕事がなければサンマも寂しい。ではサンマの仕事とは……。それは人に捕ってもらうこと。だから「サンマは人に捕ってもらえる海に行く」。これはサンマから聞いた本当の話である。
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 ●サンマの陰にクジラあり
   サンマが言うには「まずサンマはたくさんの海の御霊を抱えている」のだそうだ。御霊を我が身に抱え、その身を人にささげる。食してもらうことで自分も仕事をしたことになり、成仏できるのだという。要するに「捕ってもらわなければ仕事にならない」。
   ところがだ。日本列島周辺の海ではサンマはなかなか捕ってもらえない。代わりにそのサンマをクジラが食べてしまう。海洋生物の「食物連鎖の」頂点に立つのはクジラだから、食べられるのは仕方がないにしても、その数があまりに多すぎる。多すぎるから人に捕られる前にクジラに食べ尽くされてしまう。
     クジラの食欲は実に旺盛だ。人間が1年間で消費する水産物は9000万トンだが、クジラはその3~5倍を食べる。クジラを人間が捕獲し、一定量を食することは海の魚たちを守ることにもつながるわけだ。自然界は人間もその一員と見なして成立している。その人間が小魚は捕るのにクジラを捕らないという「不自然」な行動をとると地球の生態系の秩序を乱してしまうことがこれで分かる。
   事実、日本沿岸のサンマの量は減り続けている。水産庁によると今年の漁期(2015年7月~2016年6月)のサンマのTAC(漁獲可能量)は26万4000トン。前年よりも26%も減少、TAC制度が始まってから最も低い水準だ。TACの減少はそのまま値段にはね返り、東京・築地の平均で1キロ426円と5年前に比べ3割あがった。仮にミンククジラ、イワシクジラ及びニタリクジラを資源量の4%ずつ50年間捕獲したとするとアカイカの漁獲量はほぼ2倍に、カツオは30%以上、サンマも10%以上増えるとする調査もある。
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●爆食クジラの悲しみ
   ところで、サンマを「爆食」するクジラの方だが、日本が国際捕鯨委員会(IWC)への気兼ねなどから捕らなくなったものだから、さぞかしのびのびと暮らせて快適かと言えば、そうでもない。「クジラも仕事にならない」のだそうだ。「だから苦しくて自分から進んで砂浜に打ち上げられに行く」のだという。これもクジラから聞いた。
    クジラはサンマとは異なり深海で生息する。海深く眠る御霊を身に抱え、人に捕ってもらい食されることで、やはり仕事をして成仏する。しかもクジラは海の深い所にいるから抱える御霊も胎蔵界のものが多く、クジラを捕り食するということで、こうしたやっかいな御霊たちを処置することができる。しかし、日本はどんどんクジラを捕らなくなって仕事がなくなり、失業クジラが日本近海で急増しているというわけだ。
 
●SUN(サン)マと国力
    日本がこのまま水産資源の健全な保護・育成を真剣に考えないまま進めば、いずれ国力は落ちる。サンマ漁も捕鯨も日本人にとっては貴重なたんぱく源であると同時に、この国の先行きを阻む御霊の整理に資する。この国の先行きを左右する見落とせない問題なのだ。
    サンマはSUN(サン)マ。太陽国、ニッポンの重要な魚なのだ。クジラもやはりそうだ。そのサンマやクジラを食することを通しての供養を怠れば、御霊が停滞し国の行く末を危うくすることは間違いない。
   ここで日本は堂々と捕鯨の道を選択しなければならないが、問題を難しくしているのが調査捕鯨の存在だ。日本は調査捕鯨という名目で年間1000頭以上、クジラをとり、その肉を販売している。日本捕鯨協会はこれを「調査の精度を上げるため」としているが、この説明では「疑似商業捕鯨だ」との批判をかわしきることは難しい。むしろ摩擦は覚悟で正々堂々、商業捕鯨だと主張し、それでも理解が得られないならIWCを脱会すればいい。少なくともその覚悟は欲しい。その程度の勇気と気概がなければ日本の捕鯨という伝統文化は守れないし、SUN(サン)マの国、太陽国ニッポンの将来もまた危うい。(了)
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