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琴言譚[きんげんたん]

今、救世主なら語る

櫛名田比売が泣いている

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 日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命が11月4日、株式を上場する。1987年の日本電信電話(NTT)に始まった政府保有株の売却劇も、これでついに大詰め。それはあたかも足名椎命(あしなづち)、手名椎命(てなづち)の最後の娘である※櫛名田比売(くしなだひめ)が※八岐大蛇(やまたのおろち)、つまり外資に食われる瞬間が迫りつつあることを意味する。国を売ろうとしているのは誰だ。

●本丸は295兆円

 復興財源として「4兆円だけは断固獲得していかなければならない」。麻生太郎財務相の言葉だ。政府は11月に日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の株式を売却し、初回だけでも最大1兆4362億円の資金を手にする。その後の売却分も含めると総計7兆円の資金が国に入る計算で、このうち4兆円を東北の復興に振り向けるという。
今、日本で最大の懸案事項であるのは東北の復興。その東北復興に国が持つ株式の売却で得た資金を振り向けるのはごく自然なことだ。麻生氏の頑張りももっともだと言える。ただ、不思議なのは、そのごく自然なことを実行するのに、一国の財務相ともあろう人物がなぜ「断固獲得」などと力んでみせなければならないのかということだ。あまりに芝居がかってはいまいか。
 そう。芝居なのである。麻生氏特有の芝居なのだ。これに国民は騙されてはならない。実は郵政株式問題の本質は、麻生氏がこだわってみせる株式の売却益にはない。
本質は郵政グループが持つ総資産だ。規模にして295兆円。実に国内総生産(GDP)の6割をしめるその巨額な資金にこそ、この郵政問題の本質がある。全国の2万4000の郵便局のネットワークで集められた庶民の貯金や保険料という資産が上場により極めて高いリスクにさらされるのだ。まさにここがポイントであり、今の政府の狙いだとも言える。だからこそ、あえて麻生氏はたった4兆円の売却益獲得劇を演出してみせているのだ。
ではなぜ、上場すれば295兆円が危険にさらされるのか。まず一義的には上場により投資家が発生することにある。ゆうちょ銀行やかんぽ生命の株式を買って投資家になった人たちは、自分の投資に見合うリターン、つまり配当を要求する。これは投資家としては正当な権利の主張だ。ただ、投資家の利益のため、ゆうちょ銀行やかんぽ生命はこれまでのように、それほど収益は上がらないが安全な国内運用に踏みとどまることは許されなくなる。リスクはあるがより運用収益が見込めるグローバル運用を迫られる。
これにより、ゆうちょ銀行とかんぽ生命は「投資家利益の拡大」「積極運用」という大義名分を得る。利益を最大化させるためのグローバル投資という美名のもとに国富を海外に流出させる正当性を獲得するわけだ。ゆうちょ銀行もかんぽ生命も大手を振って、資金を国外に持ち出せる。
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●始まった国富流出

実際、すでにその予兆は表れている。例えばゆうちょ銀行の運用資産のうち日本国債の購入に振り向けられたのは2007年10月の日本郵政発足時で194兆円あったが、すでにその額は目減りし107兆円。代わりに増えたのが外債だ。2015年3月時点で46兆円もの外債を購入している。上場を契機にこの割合は積み上げられる計画で、今後3年で3割増やし、60兆円にまで拡大する見通しだ。金利は度外視で「もっとも安全」と信じ、ゆうちょ銀行に預けてきた地方の高齢者たちのお金が、回り回って外国への投資に振り向けられているのが現実だ。
これまで郵便局に預けられた貯金はいったん国に吸い上げられたうえで、財政投融資という形で主に日本国内のインフラ整備に投入されてきた。良い意味でも悪い意味でも第2の予算として、国の財政を支えてきたが、上場によりそれがままならなくなる。グローバル投資の名のもとに、海外に資金は流出、やがてそれが止まらなくなる。まるで八岐大蛇がヤシオリの酒を呑むがごとくに、大蛇が樽の酒を飲み干してしまうまで続く。それが、今の政府が描いたシナリオなのだ。麻生氏は、これをカムフラージュしようとしているのだ。

●西室人事に透ける目論見

郵政グループの人事を見れば、政府の国富流出計画が見事に見て取れる。その人事を操っているのは何を隠そう東芝出身の西室泰三氏だ。あれだけの決算粉飾事件を起こし上場廃止の危機に見舞われた東芝の実質的な代表ながら、西室氏は今だ健在である。そして明け透けである。最たるものは4月のゆうちょ銀行のトップ人事で、西室氏自身は日本郵政の社長に身を置きつつ、兼務していたゆうちょ銀行の社長ポストを※長門正貢(ながと      まさつぐ)氏に譲ったのだ。
長門氏は一橋大卒、旧日本興業銀行出身で海外部門を経験し、シティバンク銀行会長も務めた人物。絵に描いたような「グローバル人材」だ。「貯蓄から投資への流れを後押しする」と明確に宣言しており、単に資金を眠らせておくことを悪とし、積極的に投資の流れを作る考えだという。もちろんその資金の振り向け先は、日本国内ではなく海外だ。
西室人脈はこれにとどまらない。6月1日にはゴールドマン・サックス証券元副会長の佐護勝紀(さご かつのり)氏を運用部門のトップに迎えたのだ。日本のお年寄りから集めたお金の総責任者をこともあろうか、ゴールドマン・サックス証券出身者にゆだねたわけで、早速、佐護氏はすでにそのお金の運用方針について「世界でみても一流の運用機関になれるよう、鍛えていく」ことを明かにしている。まるで、国内運用が二流以下、海外に資金運用こそ世界で通用する一流の運用方針であると言わんばかりの物言いだが、こうした西室人脈に基づく面々を見れば、ゆうちょ銀行やかんぽ生命のお金の行く末がいかに危険に満ちあふれているかが、浮かび上がってくる。

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●決断は「今でしょう」

足名椎命、手名椎命は8人の娘を持った。その娘たちが八岐大蛇に次々と食われ、とうとう最後は櫛名田比売1人になった。今、日本の境遇もこれと似る。TPP合意により関税という国の守りは取り払われ、農業はむしばまれ、人々の食生活は乱れ始めている。ほぼ丸裸になりつつあるこの国。唯一の宝として残るのは、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の資産だけで、これを失えば残るは1000兆円を超える借金のみだ。資産の裏付けを失った日本国債は世界の信任を失い価値は暴落する。ハイパーインフレの危機も笑ってはいられない。
さて、ではどうするか。足名椎命、手名椎命はスサノオ命に泣いてすがることで、櫛名田比売を守った。日本はどうか。八岐大蛇は今まさに牙をむく。泣いてすがるか、すがらぬか……。決断の時は、今である。(了)
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『日本略史 素戔嗚尊』に描かれたヤマタノオロチ月岡芳年・画)

【参考】《wikipediaより》
※『櫛名田比売(くしなだひめ)』…
クシナダヒメは、日本神話に登場する女神。『古事記』では櫛名田比売、『日本書紀』では奇稲田姫と表記する。
  ヤマタノオロチ退治の説話で登場する。アシナヅチテナヅチの8人の娘の中で最後に残った娘。ヤマタノオロチの生贄にされそうになっていたところを、スサノオにより姿を変えられて湯津爪櫛(ゆつつまぐし)になる。スサノオはこの櫛を頭に挿してヤマタノオロチと戦い退治する。

※『 ヤマタノオロチ(八岐大蛇、八俣遠呂智、八俣遠呂知)』…日本神話に登場する伝説の生物。

長門正貢(ながとまさつぐ)…1948年11月18日生。日本の実業家。シティバンク銀行会長を経て、ゆうちょ銀行社長。