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琴言譚[きんげんたん]

今、救世主なら語る

『公私混同』こそ大蛇のレシピ

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日本郵政グループ3社が東京証券取引所に上場した。ただ、今回、売却したのは全株式の10%程度で、残り90%は日本郵政が保有したまま。依然、国有化の状態にあり、民営からはほど遠い。持ち株会社である日本郵政西室泰三社長はとにかく早く民営化しないと「意味がない」というが、さて、ここで質問。「西室さん、あなたはなぜそんなに民営化を急ぐのですか」。
 
●「3~5年後までに売れ」 
 
「まずは安心」。上場3社の株価が上場前の売り出し価格を上回ったことに関係者はひとまず安堵の表情を浮かべた。仮に投資家が上場前に購入した価格を割り込み、投げ売りが始まるようなら、今後の上場計画は大きく狂う。その最悪のシナリオを避けられたことで、西室氏が強調する「今後3~5年後までに全株式の50%まで売却」が現実味を帯びてきた。
今回、株式が売却されたのは、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の金融2社とその株式を保有する日本郵政。しかし、3社の全株式が売り払われたわけではなく依然、金融2社の89%の株式を日本郵政が保有、さらにその日本郵政の株式の89%を政府が持っているわけだから3社はいずれもまだ実質国有の状態にある。
西室氏が言うようにこの国が保有する株式の割合を50%にまで引き下げてしまえば、経営の実権は国から投資家たちの手に移る。そうならなければ「意味がない」と西室氏は言うのである。小泉政権時代から10年の歳月を費やし、身を切って進めてきた「構造改革」が具現化しないというのだ。
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 確かにその通りである。日本郵政は2007年に株式会社化、「民営」となったが、株主は国のままで、思いきった経営改革はできずに来た。ここを根こそぎ切り替えてしまわない限りは、非効率経営は是正できないというのは道理である。「今後3~5年」と西室氏が期限を切って遮二無二、国有を民有に切り替えようと急ぐのも理屈は分かる。
 
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●郵政に効率は必要か
 
 だが、この議論に肝心要な視点が欠けている。日本郵政に効率経営が必要なのかという視点だ。とりわけ日本郵政グループには今回、上場されたゆうちょ銀行とかんぽ生命のほかに、上場されなかった日本郵便がある。全国に2万4000もの郵便局網を持ち、人よりも牛や馬の数のほうが多い過疎地にも郵便局を配置、半日かけて山の中腹にある老人宅にハガキを届ける郵便局員も抱える。こうした郵便システムも人をリストラし、郵便局を統廃合し、効率化していく必要があるのかということだ。
 
 実際に日本郵便を数字だけで見ればかなり厳しい。グループ全体のお荷物であることは間違いない。2015年4~6月期決算でも日本郵便は77億円もの赤字を計上、これをゆうちょ銀行とかんぽ生命の利益で埋めている。例えばゆうちょ銀行とかんぽ生命は毎年1兆円近くを窓口業務の手数料として郵便局に払い、このお金を実質、全国の郵便局網を支えているために振り向けている。
 
 この状態がいつまで許されるのだろうか。ゆうちょ銀行とかんぽ生命が民営化されれば、その株式を持つ投資家たちはいずれ声をあげるだろう。「なぜ、我々の利益を過疎地の郵便局の維持に振り向けるのか」と。投資家としては当然だ。大切なお金をゆうちょ銀行、かんぽ生命の株に投資した以上、それに見合った配当金を求めるのはあたり前の権利だ。同じグループとは言え、まったく別会社の日本郵便のインフラ維持に「なぜ、配当原資を食われてしまのか」という主張には正当がある。
 
 しかし、ここに郵政民営化の1つのポイントがある。小泉構造改革日本郵政グループを民営化する際、過疎地からの批判をかわすため「ユニバーサルサービスは維持する」ことが条件となった。つまり、国民に対しどんな山奥であっても郵便局は統廃合しない条件で、民営化することを決めたのだ。言ってみれば、最初からまやかしがあったわけだ。
本来、日本郵政グループが民営化される以上、非効率は許されない。民間企業なら利益の最大化が至上命題になることは当然の帰結である。にもかかわらず、どんなに小さな郵便局もつぶさないユニバーサルサービスという「公」と、投資家の利益追求、効率化という「私」を混在させたままで、ことを進めた。相反する「公」と「私」の論理は併存を許さない。それを百も承知で政府は「公私混同」のまま郵政民営化をゴリ押ししていったのだ。もちろん、いずれ「私」が「公」を呑み込むことを見越してだ。この「公私混同」こそ大蛇が日本の郵便を呑み込むレシピなのだ。
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 そして、今回の上場。政府の目論見は見事に的中、世の中の潮目は変わりつつある。日本郵政グループが上場した以上、次はどうこの会社が民間企業として効率化を進め、成長戦略を定めていくかに関心が移りつつある。投資家たちが「ユニバーサルサービスは非効率」とし、見直し論を言い出すのも時間の問題だ。政府は労せず、利益至上主義の「民」の論理に「公」を呑み込ませ、日本郵便ユニバーサルサービスを解体することに成功する。
 
●郵便システムは日本列島の血脈
 
 郵便システムがほころべば日本の国力は確実に弱体化する。全国津々浦々に張り巡らせた郵便ネットワークは物流事業による収益システムでは決してない。日本列島の静脈であり動脈なのだ。だから日本郵便は赤い。これをズタズタに切り裂いてしまえば、日本国は起き上がれない。何としても「公」の力で支えねばならない。
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 郵便ネットワークを利益至上主義で解体してはならない。年にたった1度の孫の年賀状を1年間待ち続ける老人が1人でも山村にいる以上、それはどんなコストを払っても届けるのが郵便というものである。それを非効率という言葉で切って捨ててしまえば、人の心は通わなくなる。日本列島の静脈の血もまた通わない。国の信用も損なわれる。
 
  「公」と「私」は切り分けなければならない。「公私混同」こそ罪であり、罠だ。その罠にまんまとはまってはならない。(了)
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