琴言譚®︎[きんげんたん]

今、救世主なら語る

金くさい「郵貯の7人の侍」

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ゆうちょ銀行で外部人材の登用が進んでいる。6月に元ゴールドマン・サックス証券副会長の佐護勝紀氏を副社長として迎え入れたのを始め、これまでに7人がゆうちょ銀行入りを果たした。長門正貢社長は彼らを「7人の侍」とし、運用収益の向上などを託す考えだ。黒澤明が監督を務めた映画『七人の侍』(1954年)では、百姓に雇われた侍が野武士との戦いに勝利をおさめ、百姓たちを略奪から守った。さて、ゆうちょ銀行の侍たちは何を守るのか。
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●侍は金融機関からやってきた

長門社長が言う7人の侍の特徴は何といってもその金くささにある。例えば宇根尚秀氏はゴールドマン、田原邦男氏はバークレイズ証券の出身、笠間貴之氏は投資ファンドの運営者だ。長門氏自身も旧日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を経てシティバンク銀行では会長を務めた。もちろん、お金を扱うゆうちょ銀行なのだから、金くさいのは当然なのだが、ちょっとこの金の匂い、尋常ではない。
7人に共通するのはリスクを伴う金の匂いだ。7人がこれまで活躍してきた金融機関を精査してみよう。いずれも富裕層のお金を扱う金融機関だということが分かる。リスクを伴っても積極的に運用し、高い配当を求められる金融機関なのだ。つまり貪欲に利益を求める投資家のニーズを取り込み、これに応えてきた金融機関の出身であり、それを実現してきた人たちだということだ。
長門社長はこうした資産運用のプロをわざわざゆうちょ銀行に招聘し、今後、外国の債券や株式などにも運用先を積極的に広げていう方針だという。リスクは高いがより運用収益を増やし、貯金者に配当で報いていくというのだ。
確かに運用資産の規模は200兆円あまり。規模が規模だけに運用の巧拙で、実入りは大きく変動することは間違いない。
ただ、ここで考えて欲しいのは、ゆうちょ銀が抱えるこの巨額の資金は、全国の農村や地方都市の庶民たちがコツコツと貯めたお金の集合体であるということだ。決してリスクをとらず、「国の安全な金融機関だから」という理由だけで、預けた庶民のお金の集積なのだ。
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●リスクは庶民、儲けは富裕層

ところが、この庶民のお金を使ってゆうちょ銀はさらに稼ぐという。外国債券や株式というリスクの高い市場に出て行き、このお金を運用し収益を増やす計画なのだが、では、仮にその計画がうまくいった場合、その収益を手にするのはいっただれなのか。
答えは株主である。これまでは国だったが、これからは違う。民営化され株が売り払われた以上、その株を購入した富裕層にこそ利益は還元される。リスクをとることのできる富裕層に配当として回るのだ。貯金している当の庶民には何の見返りもない。庶民のなけなしの貯金を何の断りもなくグローバル市場で運用し、その実入りは富裕層に回っていくのである。

●「自己責任」で貯金が消える

この理不尽なカラクリにほとんどの庶民は気づいていない。にもかかわず仮にグローバル市場でゆうちょ銀が運用に失敗し、破綻したとするなら、そのツケは株を持つ投資家とともに、貯金者である庶民にも回される。日々の生活のなかで、お金を節約しようやく貯めた郵便貯金は預けた庶民の「自己責任」という理由で、露と消える。
残念ながら、ゆうちょ銀が運用で失敗する可能性は決して低くない。むしろ高い。日本人がグローバル市場に出て行っても運用技術の未熟さや情報の少なさから失敗するケースは非常に多い。
例えば公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)。運用成績を見てみよう。7~9月期の運用成績は7兆8899億円もの赤字である。中国経済の減速などで世界的に株価が下落したことが響き、四半期としては過去最大の運用損失。14年10月末の運用改革で株式比率を国内外それぞれ25%に高める方針を決め、株式投資を増やしてきたが、それが見事に裏目にでている。
ゆうちょ銀行の持ち株会社である日本郵政西室泰三社長は「今後3~5年で(50%程度まで)売却しないと意味がない」とし、実質的に国が持つ株式をどんどん市場で売り払っていく考えだ。いったいなぜ、さっさと売り払わないと「意味がない」のか、理解に苦しむところだが、残念ながら趨勢はそうだ。ゆうちょ銀が富裕層に牛耳られる日は近い。そのようになれば、庶民の貯金はリスクをはらんだグローバル市場にまるで八岐大蛇が八塩折酒(やしおりのさけ)を飲むように吸い込まれていくだろう。

●今度勝つのは農民ではない

黒澤映画では農民が侍を雇い、その侍は農民を守った。結局、「勝ったのは農民」だった。しかし、ゆうちょ銀の「7人の侍」は富裕層に雇われ、富裕層のために働く。そして農民の資産を食いつぶす。今度の「7人の侍」は農民の味方ではない。そのことを肝に銘じておかなければならない。(了)
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