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琴言譚[きんげんたん]

今、救世主なら語る

文殊読みの「もんじゅ」知らず

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高速増殖炉原型炉」――。これ戒名ではない。プルトニウムウランを混ぜ合わせたMOX燃料を使用した発電プラントのことだ。日本では福井県敦賀市で研究が進む。原発何基分もの威力を持つ増殖炉に、つけられた名前は「もんじゅ」。獅子を乗りこなす文殊菩薩もんじゅぼさつ)のように、原子力という巨獣を飼いならしたいという思いがこもるという。しかし、気をつけて欲しい。人は知恵を司る文殊菩薩ではない。


●荒唐無稽な夢


ノーベル賞受賞者のコメントを聞いて毎年、痛感させられるのが真摯さだ。2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典・東京工業大学栄誉教授も「生命の現象の数%を解明しただけ」と述べたが、本物の知恵者は決して傲らない。しかし、日本の原子力関係者の傲慢さと来たらどうだろう。福島第1発電所の事故で分かったように原子力発電ですらいったん「臨界」に突入すれば制御不能に陥るというのに、その何倍もの威力を持つ巨獣「もんじゅ」を飼いならそうというのだ。発電で消費した量以上の燃料を生み出すという荒唐無稽な「夢」は、人の分際を大きく踏み越えてしまっている。


カネゴン化するもんじゅ


日本はこの「もんじゅ」に過去20年の間に1・2兆円もの資金を投じ、カネゴンのようにモンスター化させてしまった。冷却のためのナトリウム漏れ事故やそのトラブルの隠蔽、1万カ所もの点検漏れなどトラブルを次々と引き起こすだけで、ほとんどまともに動かぬままの巨獣なのだが、飼っておくだけで年間200億円のお金がかかるという。本気で飼いならすなら今後10年で耐震補強などで6000億円が必要だ。

では、もんじゅ廃炉にすればすべて終わるのか。これまた簡単ではない。30年の時間と3000億円のお金がかかる。通常の原発なら850億円の廃炉費用も、モンスターになるとその3倍以上に膨れあがる。引くもお金、進むもお金――。実に原発にはお金がかかる。
しかしつくってしまったものは仕方がない。「存続か」「廃炉か」。政府はようやく「もんじゅ」をどうするか、年内に決着をつける方針で、原子力規制委員会の頑張りもあって年内に廃炉が決定、早ければ2020年にも廃炉を開始する計画だ。途方もない授業料を払ったが、日本が原発の手ごわさを学んだのなら仕方のない支出でもある。


●終わらない悪夢


ところが終わらないのである。確かに政府は原子力関係閣僚会議で高速増殖炉原型もんじゅ廃炉の方針は決めた。官房長官菅義偉氏も「もんじゅは今年中に廃炉を含めて抜本的な見直しを行う」ことは宣言した。ただ、高速炉の開発は別の方向で続けるというのだ。フランスが現在、研究を進めている「ASTRID(アストリッド)」を高速炉時代の先駆けと位置づけ、共同研究などの方式で再び開発を進めるという。
おかしいではないか。もんじゅでこれだけの代償を払っておきながらまだ懲りない。ずるずると「夢」に引きずられ巨費を垂れ流ししていく。フランスの原発技術に限界があることなど福島第1原発の事故処理でフランスにお金だけとられて何もできなかったことで確認済みではないか。

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●漂うプルトニウム


しかもこの高速炉で万が一にも「消費した以上の燃料を生み出す」発電が現実のものとなったとすると、日本は解決不能な新たな課題を背負いこむことになる。増え続けるプルトニウムを消費するためにさらに猛烈ないきおいで原発にのめり込んでいくしかない。
なぜなら国際的な取り決めで「原子力発電により発生する使用済み核燃料から取り出したプルトニウムは、自国で使い切らなければならない」という一種「国際協約」があるからだ。ただでさえ日本は現在、国内外に48トンのプルトニウムを抱え立ち往生している。例え国内の原発16~18基でプルサーマル発電でプルトニウムを消費したとしても年間5・5~6・5トンでしかない。すでに消費しきれないほどのプルトニウムを抱えているにもかかわらずさらに高速炉でプルトニウムを増やしていくなら、「日本も核武装を検討しているのではないか」との嫌疑がかかっても仕方がないだろう。

 

●フランスは「罠」


ここはいったん原発から手をひくべきだ。少なくとも高速炉はリスクが大きすぎる。とりわけ海外、フランスとの共同開発など体よく巨額な資金をくすねとられるだけである。海外との連携に落とし込めば、何か高尚なプロジェクトに昇華させた気になるのは日本の霞が関の官僚の癖であり、陥りやすい罠でもある。

空想を空想でつなぐ新技術への野望は無意味であるだけでなく、膨大なコストを伴う。時の権力者たちが目の前の帳尻を合わせるために、非現実な絵を描いているうちに、国民は戸惑い、国はやせ衰えていく。ことは急を要する。(了)