琴言譚[きんげんたん]

今、救世主なら語る

陰にいるのはコイツらだ(下)

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●カジノの裏に孫正義がいた

「シンゾウ」――。トランプ米大統領は安倍晋三首相のことをこうは呼ばない。先進国のトップの中で日本がいち早く米国詣(もう)でを果たし、日米の友好関係の大切さをいくら説いてもだ。しかし、ソフトバンクグループの孫正義社長のことはこう呼ぶ。「マサ」と。
 
●孫氏の米国で5兆円
ソフトバンクの株価が急騰している。27日には2014年1月10日以来、約3年ぶりに9000円台に乗せた。理由はトランプ大統領。トランプ政権の保護主義的政策は、トヨタ自動車など日本を代表する企業への激しい「逆風」となっているのに、ことソフトバンクにいたっては違う向きの風になっている。「追い風」だ。
 安倍首相がトランプ大統領との会談で「一番くじ」を引かせてもらう代わりに「IR整備推進法(カジノ法)」を手土産に携えた話は前回、指摘した通り。しかし、孫氏の手土産の場合、ちょっと安倍氏とはスケールが違う。昨年12月6日にトランプ氏と会談した際、孫氏が約束したのは「米国で500億ドル(5兆円強)の投資と5万人の雇用」。トランプ大統領も「マサ(正義)は素晴らしい男だ。感謝している」と手放しの褒(ほ)めようだ。
 もちろん孫氏ほどのビジネスマンがトランプ氏から賞賛を得るためだけに、これだけの投資と雇用を約束するはずはない。当然、その何倍もの見返りがあると判断したからこその5兆円投資であり、5万人雇用であることは間違いない。

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ソフトバンク代表の孫正義氏(左)とSprint代表のDaniel R. Hesse氏(右)

●狙いはスプリント救済
ではその見返りとは何か。端緒を捉えるため時計の針を2013年に戻してみよう。実はこの年、ソフトバンクが米携帯電話会社大手の「スプリント」と「TモバイルUS」を買収している。米国の通信大手2社をほぼ同時に傘下に収めるというソフトバンクの買収劇は当時、大型買収が相次ぐ米通信業界のなかでも大きな注目を浴びた。ソフトバンクの進行が米通信業界でも始まる、と世界は固唾を飲んだ。しかし、そうはいかなかった。
ソフトバンクが買収したスプリントは大手とはいえ業界で3位。もう1つのTモバイルUSは4位だ。そのうえにはベライゾン・コミュニケーションズとAT&Tという世界企業が君臨する。この上位2強に頭を押さえられ、ソフトバンクの2社の経営は次第に追い詰められてしまった。
 そこで孫氏が打ち出した巻き返し策が3位のスプリントと4位のTモバイルUSを合併させるというウルトラC。2社の力をひとまとめにして経営資源を集中し、ベライゾンとAT&Tを追い落とす作戦にでたのだ。
 
●米連邦通信委員委員長に再編派
ところが、この作戦も封じられる。オバマ政権下で米国の通信・放送行政をつかさどる米連邦通信委員会(FCC)の委員長であるトム・ウィラー氏(民主党)が待ったをかけたのだ。「大手4社による市場競争が大切」としてスプリントとTモバイルUSの合併を認めなかった。この裁定により孫氏の逆転劇はもろくも阻止されてしまった。
 しかし、舞台は回った。オバマ氏は去り、トランプ氏という異端が米国のトップについた。孫氏はこのチャンスを逃さなかった。すかさずトランプ氏に食い込み貢ぎ物を贈ったのだ。それが5兆円の投資と5万人の雇用というわけだ。そしてその結果が1月23日のFCCの人事だった。トランプ氏はFCCのトップにアジット・パイ氏を選んだ。
 この人事こそトランプ氏から孫氏への「返礼」の意味を持つ。何しろ、アジット・パイ氏は筋金入りの市場競争主義者なのだ。共和党側の代表として5年間、FCC委員を務めたが、ここでも自由競争が必要だとの論陣を張り、トム・ウィラー氏と対立した。そのアジット・パイ氏がFCC委員長に就任したのだから、トム・ウィラー氏とは反対の裁定を下す可能性は高い。
 そうなればトム・ウィラー氏のFCC委員長時代に却下されたスプリントとTモバイルUSの合併話はおそらく前に動き出す。少なくともマーケット(市場)はそう判断した。だからこそ、ソフトバンクの株価が異常に高騰しているのだ。

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●孫氏という男
 それにしても孫氏というビジネスマンは何としたたかな男なのだろう。身銭を切る5兆円投資でまずトランプ氏から通信ビジネスでの実利をとったうえで、トランプ氏を安倍首相を引き合わせる。安倍氏にはトランプ氏が最も欲しいものの1つであるカジノ法を手土産にもってこさせる。返す刀で安倍首相には「トランプ氏との会談をセットする」という恩を着せる。さすがとしかいいようがない。
 ただ、気をつけて欲しい。孫氏の米国での通信事業拡大のために、日本はカジノ誘致という代償を支払った。やがて日本はカジノから腐り始める。しかも、いくらソフトバンクのビジネスが米国で順調に進んでも、その見返りである税金は日本には落ちない。
 日本国は売られた。1ビジネスマンの「利」のために国が売られた。この事実は重い。そしてその片棒をかつぐ政治家の責任は重く、さらにそれを見逃す庶民の罪もまた限りなく重い。(了)