琴言譚®︎[きんげんたん]

今、救世主なら語る

どこか変だよ、九州電力

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 九州電力が奇妙な発表をした。週末の13日と14日、九州7県の太陽光と風力の再生可能エネルギー発電事業者に一時的な発電停止を求める可能性が高いと発表したのだ。つまり太陽光と風力を使って発電した電気が「いらなくなる」というわけだ。再稼働を目指していた九電の原発4基すべてが営業運転の状態になったこともあり「電気は原発でもう十分」と言いたげ。なんだかおかしくないか。

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九州電力本社

●誠意のかけらもない
 10月2日、九州電力で事件が起きた。「玄海原発対策住民会議」(成冨忠良会長)が九電に猛烈に抗議したのだ。九州電力玄海原子力発電所に関する15項目の質問を九電が「1年以上答えていない」というのがその理由。同原発環境広報担当の柳川敏彦課長は「3、4号機の再稼働に向けて全社一丸となって対応していた」といい、一部の質問に答えた上で、成冨会長らが新に求めた30項目の質問について「可能な限り早く回答する」と述べたが、全く人をバカにした話だ。
そもそも住民たちは原発の再稼働が安全かどうかを九州電力に問うていた。ところがその住民たちに対し九電は「再稼働に向け対応していた」ために解答できなかったというのだ。住民会議側は「私たちは再稼働を前に、原発が安全かどうか不安だから質問している。それに真面目に答えることが地域住民との信頼関係を大事にするということではないか」などと怒り心頭だが、柳川課長は「答えは変わらない。再稼働が始まって落ち着いたから説明できる環境になった」。これほど酷い対応を聞いたこともない。
 つまり、九電が言っているのは「お前らが原発再稼働で質問してきたのは分かっているが、こっちは再稼働の準備で忙しくてそれどころじゃなかった。とりあえず再稼働できたので、対応してやっている」ということ。誠意のかけらもないではないか。
冒頭の太陽光など再生可能エネルギー発電事業者に対する発電停止要請もこれと同じだ。「原発が動いていない時は、おつき合いで買ってやっていたが今や原発はフル稼働。自然エネルギーは高くつくし、余っている時はもう買わない」ということ。「最初は自然エネルギーは大切だから、つくってくれれば高くかうよ」と言っていたのに「やっぱり、もういらない」。これでは住民も九電を信用することはできない。
 東京電力関西電力など都市部の電力会社に比べても、九電の特殊性は際立っている。九州という島国で、対抗勢力はゼロ。地元ではやりたい放題、言いたい放題がまかり通る点では東電や関電をしのぐ。時としてあきれるほどの傍若無人さだ。
その一方で極めて無責任、都合が悪くなればさっさとケツをまくるのもこの電力会社の特徴だ。例えば、先の「玄海原発対策住民会議」とのやり取りなどはその典型例だろう。再稼働に関する自治体の同意権への考え方について問われた九電は「当社は事業者であり、言及する立場にないと考えている」とほおかむり。「原発を稼働する時に地元の住民がそれを認める必要があるのでは」と聞かれても「それは国が考えること。1民間会社は関係のないこと」というわけだ。公益事業を担う気概も矜持もない。さもしいとしか言いようがない。
実はこれは九電だけではない。こうした電力会社の身勝手な性質は当然、他の電力会社も共通してあわせ持っている。たまたま無防備な九電がありのまま醜態をさらしているだけだ。
ただ、問題の本質は九電の対応のひどさではない。結局はこうした電力会社を野放しにし、のさばらせている国であり政治家の怠慢だ。「太陽光よりも原発だ」というような電力会社を「何を言うか」としかり飛ばすのが仕事だろう。とりわけ反原発を旗印に当選した地元の知事はなぜ沈黙している。いったい何をしているか。 (了)

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岐阜県土岐市出身のイラストレーター・柚木ミサトさんが描いた「あかいつぶつぶの絵」