琴言譚®︎[きんげんたん]

今、救世主なら語る

1粒3000億円の生ガキ、新国立競技場は安保の生贄



東京五輪の主会場となる新国立競技場の建設計画の練り直し作業が急ピッチで進み始めた。建設費の上限は今のところ1550億円程度。7月に白紙となった最終計画案で、その1・6倍の2520億円と見積もられていた数字は「いったい何だったのか」という疑問が湧くのは当然だ。ゼネコン(総合建設会社)と自民党政権との癒着となれ合いがまたも法外な公共工事を生み出したのか、という気にもなるが、実は今回はそうではない。この土壇場での白紙撤回こそが安全保障関連法案の採決のため3年も前から用意されたシナリオだった。建設計画は覆されるために作られた。

 「僕はもともと、あのスタイルは嫌だった。生ガキみたいだ」――。

新国立競技場の計画白紙が決まると五輪組織委員会の会長、森喜朗元首相はあっさりこう言い放った。森氏は新国立競技場を旧計画の「生ガキ」のままで実行することにもっとも固執した人物。しかし、いざ白紙撤回が決まってしまうとベテランの政治家らしく世論の風を読み、さっさっと切り替えてしまった。

 もともと森氏が旧計画どおり新国立競技場を建設することにこだわったのはラグビーワールドカップ(W杯)があるからだ。生ガキみたいなデザインにこだわったわけではない。W杯は東京五輪の1年前に開催することが決まっており、その会場に新しく建設する新国立競技場を振り向けようと考えていたのだ。森氏は早大ラグビー部出身でラグビー人脈も太い。W杯を東京五輪よりも前に新国立競技場で開催できれば、森氏の存在感も俄然(がぜん)、高まる。にもかかわらず建設計画が見直されることになれば、一からやり直しで、新国立競技場の完成はギリギリ、五輪に間に合うタイミングになる。五輪の1年前のW杯にはとても間に合わない。激しく抵抗したが、最後は安倍首相に「建設には巨額な金額を投入することが避けられない。あきらめてください」と説得されてしまった。


 
確かに安倍首相の言う通り、当初案通りの建設計画ではお金がかかり過ぎる。当初、1300億円の予算で予定されていたが、それが2520億円にまで膨れあがるとなれば国民の支持は到底、得られない。08年の北京五輪のメーン会場が約550億円、ロンドン五輪が約600億円でその4倍ものお金がかかるメーン会場の建設が「コンパクト」を売りにする東京五輪で認められるはずはない。その意味では安倍首相は英断を下した。ただ、不思議なのは決定がなぜ、ここまでもつれ込んだのかということだ。



森氏の反対も逆風ではあっただろう。しかしそれは1つの要因に過ぎない。「デザインありきで、設計や構造計算が後回しになってしまい、建設費を割り出すのに時間がかかってしまった」というのが表向きの政府見解だが本当にそうか。東京都の舛添要一知事は「本来、1年前にやっておくべきこと」と言うが実際、遅すぎる。

関係者の証言を総合し詳細に検証してみると、3000億円でも建設できないことは1年前はおろか、デザインが決まった3年前の段階で判断できたことが分かってきた。

それでは安倍首相が発表を3年引き延ばした理由な何か。

なぞを解く鍵は計画を白紙撤回したその前日、7月16日にある。この日、国会では最大の焦点である安全保障関連法案が自民、公明両党の賛成多数で衆院本会議で可決され、衆院を通過しているのである。集団的自衛権の行使を認める内容で、これで戦後の安保政策は大きな転換点を迎えた。世論の大半の反対を押し切っての採決は、安倍政権への反発を強め、支持率も大きく低下させた。建設計画の白紙化はその翌日の発表だったのだ。

集団的自衛権の行使をどうしても可能にしたい安倍政権は法案を通せば支持率が低下するのは承知のうえ。折り込んだうえで、法案を通した。そしてその直後に建設計画の白紙撤回をぶつけたのだ。ここでリーダーシップを示すことで支持率を再び底上げし、9月に控える参院通過のための追い風としたのだ。

そのために安倍政権新国立競技場の白紙撤回という隠し玉を3年間温存させた。そのことを証明したい。日本スポーツ振興センター(JSC)は2012年7月、新国立競技場デザインの国際コンペを実施、そこで選ばれたのがイラク出身の建築家ザハ・ハディド氏のデザインだった。建築家、安藤忠雄氏が審査委員会の委員長を務め、ザハ氏のデザインを「非常にダイナミックで斬新なデザイン」と評価、最後まで残ったザハ氏の案とオーストラリアと日本の設計事務所の案の3つのなかからザハ氏のデザインを選んだ。ただ、安藤氏はこの時、「私たちが頼まれたのはデザイン案の選定まで」で、「徹底的なコストの議論はしていない」。


もちろん1300億円という予算が決まっているなかで、その枠内に収まるかどうかをよく検証もしなかった安藤氏は批判を免れることはできないだろう。一方で安藤氏は独学で建築を学んだ建築家に過ぎない。設計士でもないし、建築を請け負うゼネコンで勤めた経験もない。つまりデザインの善しあしは分かるが、それをつくるのに何が必要で、どれだけの資材や人を使い、どれほどのお金が必要になるのか、計算する力は持ち合わせていない。

 ただ、安藤氏ほどの人ですら建築費が分からなかったのだから、だれも分かるはずはないと考えるのは早計だ。確かにデザインが決まった段階で、図面すらなく構造計算をすることは難しい。しかし、ある大手建設会社の幹部は「日本の建設業界のなかにはあのデザインなら3000億円はゆうに超えることが分かる人間はいたはず」と証言する。3年前の2012年11月、コンペを経てザハ氏のデザインが選ばれた時点で到底、1300億円の枠では収まり切らないことは瞬時に判断できたというのだ。

その根拠とはこうだ。ザハ氏のデザインの最大の特徴はキールアーチ。2本のアーチを天井部分に通し、これで屋根を支える形になっている。このキールアーチこそこの建物の生命線なのだが、そもそもこれほどの巨大なアーチを天空につくりあげることは可能なのだろうか。

建設の専門家に言わせれば、建設は可能だという。長さ370メートルの巨大な橋を競技場の上空に建設すると思えば机上の計算では成り立つ。米サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジを競技場の上に建設すると思えばいいわけだ。

通常、あのクラスの橋をつくる場合、4~5分割するケースが多い。事前にピースをドッグでつくっておき、建設現場まで船で運び、組み立てていく。ただし、新国立競技場は陸上に建設するのだから、船は使えない。トラックで運ぶことになるが、そのためには40ピース程度に分割し長さ10メートル単位にしてトラックで運べる大きさにまで小さくする。ただ、仮に10メートルにまで細分化しても今度はその重さがネックになる。長さ10メートルのコンクリートのブロックだとすると重さは30トン。ダンプカーは最大積載重量が7トンだから少なくとも4台程度のダンプカーを連結し、運ぶしかない。

では4台連結し、30トンもの重さのブロックを積んだダンプカーをいつ走らせるのか。仮にすべての道路がダンプカー4台を連結して走行できる道幅があるとしても昼間はとても走れない。夜間に道路を完全に封鎖し警官を総動員し運ぶのである。しかも40ピースだ。


《※イメージ画像》

コンクリートブロックが無事、建設現場に到着した後は、40トンの巨大なコンクリートブロックを空中でつなぎ合わせていく作業が待つ。ちなみにコンクリートブロック1つの断面積は80平方メートル。ファミリータイプのマンションの平均面積よりも広い。その断面積のコンクリートブロックを空中で擦り合わせ中に組み込んだ天骨や鉄筋を1本ずつ溶接していくのである。熟練の溶接工が何人必要になることだろうか。

こう考えていくとキールアーチは理論的に建設は可能だが、1本で少なくとも1000億円はかかる。2本で2000億円。JSCの最終案(2520億円)でスタンド部分は1570億円と見積もられていたが、ここから考えても3000億円では到底、収まらない。もちろん崩落事故などのアクシデントがまったく無かったと仮定した場合でもだ。

マスコミでは資材や人件費の高騰により、時間が経過するとともに建設費が高騰したとの報道がなされているが、決してこれは真実ではない。デザインが決まった段階で、1300億円の枠は超えていた。「ゼネコンがふっかけた」わけではなく最初から3000億円超なのだ。

この事実を安倍政権は早くから把握していた。

100億円単位では分からなかったにしても1000億~2000億円単位では収まらないことはわかっていたはずだ。それを土壇場まで隠し通したのは、首相が「見えを切る」タイミングを「安保法案を採決した後」に設定していたからだ。安倍首相が英断を示す見せ場をつくり、安保法案採決で低下した支持率を底上げするシナリオを描いていたのだ。

もくろみ通り、今のところ支持率は危険水域への突入を免れている。安倍首相は小泉純一郎政権の幹事長を務めた人物。小泉氏は「自民党をぶっ壊す」ことを掲げ「敵対勢力」と戦うポーズをとり「構造改革」を演出した。しかし、実際にぶっ壊したのは旧経世会と関係の深い団体ばかり。

そのなかで建設業界、とりわけゼネコンは叩けば叩くほど、支持率が上がることを安倍氏は目の当たりにした。選挙の総責任者である幹事長という立場から、建設業たたき、公共工事費削減が票になることをデータで徹底的に学んでおり、新国立競技場問題が支持率回復の切り札になることを早くから直感していたのだ。

それを証拠に旧計画では文部科学省とJSCという建設に全く知識のない素人集団に仕事を一任している。首相自身も全く関与していない。ところが、いったん叩いてからは関係閣僚会議を結成、議長に五輪相、メンバーに専門家の国土交通相と予算を牛耳る財務省を加えた。そして何より首相自身も新たに参画、オールジャパンの体制をしいた。最初からひっくり返すつもりの「卓袱(ちゃぶ)台」には何も置かず、ひっくり返した後にご馳走を並べたわけだ。

森氏も同様だ。W杯を理由に旧計画で新国立競技場の建設を主張、そして土壇場で安倍首相に説得されるという役回りを演じている。安倍首相の「見事な引き立て役」なのだ。説得されるために、あえて「生ガキ」みたいな新国立競技場の建設を主張したと見ていい。


いずれにしてもとんだ茶番である。2520億円が1550億円に。その差、約1000億円。この1000億円を捻出してくれた首相の英断を、国民はありがたがらねばならないのか。ちなみに黒田日銀総裁による金融緩和で年間にマーケットに投入された資金は80兆円である。

ウソは大きくつくのが鉄則である。地球の裏側まで同盟国支援という名目で、武器を携えていくための戦争法案を平和法案といいくるめる大きなウソ。国民の税金を80兆円も浪費しながら、世界同時株安で簡単に水泡と帰してしまう無謀を経済対策というウソ。わずか1000億円のコストカットで、国が滅びにつながる施策を繰り返す首相を支持するのはそれ以上のウソというものである。(了)