琴言譚®︎[きんげんたん]

今、救世主なら語る

安保法案とサンマ1匹のリアリズム


 
安全保障関連法案が参院本会議で成立した。これにより日本が直接、攻撃を受けなくても米国など同盟国が他国から攻撃を受けた場合、日本が加勢し共同で反撃することができるようになる。日本が米国から一方的に守ってもらうだけの「片務性」が解消され、日本も米国を積極的に支援することが可能になる。「守り、守られ」――。日米関係は緊密になり、結果的に国際社会での日本の発言権が増すというのだが、中国に奪われたサンマを1匹奪い返せない現実を政府はどう説明するのか。

 ここで肝心なことは今回の法案成立は日本が戦後、貫いてきた安保政策の転換だったということだ。集団的自衛権の行使を認める今回の法案成立は、300万人以上もの人々の命と引き換えに日本が手に入れた戦争放棄をうたった「日本国憲法9条」と真っ向から対立する。

●政治はリアリズム

背景にあるのは自民党を中心とした政治家たちの「政治はリアリズム」との考え方だ。最高裁判事をはじめ司法関係者が安全保障関連法案を違憲と判断するなかで「法律上の考え方は分かった。しかし、責任政党として国を守るのは自分たちの役目だ」という思いが彼らの今回の強引な法案成立を下支えしている。

 実際、中国との関係は緊迫している。「違憲だ、合憲だ」と青臭い書生論を振り回している間に尖閣諸島実効支配され、日本という国家が切り崩されてしまっては元も子もない。憲法改正を目指した祖父・岸信介元首相の意思を受け継ぎ、リアリズムで国を守ろうとする安倍晋三首相の責任感は分からないでもない。

 しかしだ。政治をリアリズムと主張するなら、現実は正確に見なければならない。何よりもまず日本は、戦後70年かけて世界のなかでようやく築き上げてきた「不戦国家、日本」との信頼感をかなぐり捨ててまで、米国に尽くす価値があるのかを精緻に考えてみる必要がある。

 日本が理解しておかなければならないのは、すでに中国により日本は主権を蹂躙されているということだ。尖閣諸島海域に不審船を送り込み、複数回にわたって日本の領海を侵犯していることは主権の蹂躙に他ならない。にもかかわらず同盟国である米国は1㍉たりとも動いてはいない。気まぐれに政府高官のコメントを発表するだけのことだ。片務的に米国が日本を守ってくれるだけ、ということの方が書生論であり、まったくの机上の空論だということに気づかなければならない。これこそがリアリズムだ。

もっと言えば日本が、蹂躙されたのは領海権だけではない。2014年、福田康夫元首相が北京を訪問する少し前のことを思い出してもらいたい。尖閣諸島周辺海域に中国の鯖漁船が不法に侵入、サンゴを強奪していった際、米国は沈黙したままだった。習近平氏との会談をちらつかされた日本は萎縮し、いつもの「遺憾の意」を表明するだけだったが、この時、日本の領海権は侵犯され、国富は奪われていたのである。

●奪われた日本のダイヤモンド

 ちなみに中国が強奪していった赤サンゴは日本珊瑚商工協同組合よると2014年は根が付いたものなら1キロ660万円とダイヤモンド並みの価格。根が折れたりして枯れた状態のものでは130万円だったという。領海にあいさつもなく入ってきた隣国に、これだけの国富を奪取されれば、すでに立派な主権の蹂躙である。自国の鉱山に無断に分け入り、ダイヤモンドを採掘していった隣国に黙っている国はどこにもないだろう。もし、今回のようなことが日本でなく英国やロシアの海域で行われたならすぐさま戦争行為に発展することは間違いない。

 ただ、ことがサンゴなら庶民にとって実害は少ないかもしれない。しかし、サンマならどうだろう。先般、この琴言譚で、太平洋を北上してくるサンマが日本近海に到達する前に南の公海で中国と台湾の乱獲にあい激減している実態を紹介した。泳ぐサンマは公共財なのにこれを1国の漁船が我が物顔で独り占めし、他国の利益を侵害することは許されない。特にサンマは庶民の活力となるたんぱく源であるだけに意外に侮れない問題でもある。そのサンマを中国に強奪されたまま放置すれば、いずれ日本の国力はそがれ経済力は落ちる。

一見、小さいが見過ごすことのできない重要な問題なのだ。この問題を政府はどう解決するつもりだろう。9月3日に東京で行われた北太平洋漁業委員会の初会合では「急増する中国漁船の隻数を制限して欲しい」との日本側の主張を中国側は完全に無視した。

これを解決するために、集団的自衛権行使の見返りとして、米国から中国に対し「そのサンマ、日本に少し譲ってやってもらえないか」と交渉してもらうのだろうか。中東紛争に自衛隊を派遣し、そこでの犠牲を代償にサンマを回してもらうのだろうか。人を失う代わりいサンマを得るのか。それこそ世界の笑いものである。

人や企業の「グローバル化」は安倍首相の十八番である。ならば日本国のグローバル化はどうしたのだ。日米同盟の枠に閉じこもり、自ら1人で世界を相手に交渉しようとしない日本のグローバル化こそ遅れているのでないのか。サンマ1匹ままならないのに、世界貢献も何もないというものだ。(了)