琴言譚®︎[きんげんたん]

今、救世主なら語る

金があるやつが決める

 

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金があるやつが決める――。森会長の辞任で見えた五輪の正体

いったい誰が主役なのか。東京五輪パラリンピック組織委員会森喜朗会長の辞任劇はこの問題を浮き彫りにした。女性を蔑視する発言に世論の激しい批判も「どこ吹く風」、続投を決め込んだ森氏だったが、トヨタ自動車など企業が反対を表明すると態度を一変、あっさり辞任を決めた。五輪の主役は国民ではない。企業なのだ。金があるものがものを言う。そんな祭典、まっぴらだ。


トヨタに「右にならえ」 
 「トヨタが何を大事にしているかを世の中に正しく理解してもらうためには、ここで沈黙してはいけないと判断した」。「トヨタが大切にしてきた価値観とは異なり、誠に遺憾だ」――。2月10日のトヨタ自動車の決算会見。その席上で長田准執行役員が代読した豊田章男の声明が政府関係者に伝わると、大きな波紋を呼んだ。
  なぜなら日本の企業が政治に対してここまで「もの申す」のは極めて異例なことだからだ。この「異例な」行動は連鎖を呼び、エネルギー会社のENEOSホールディングスもトヨタに続いた。「当社グループの行動基準に定めている人権尊重の観点からも極めて遺憾で残念」と表明、この後は雪崩を打ったように次々と有力企業が森会長の発言に懸念を表明し、「森氏辞任」の空気がつくられていった。
 さて、ここで問題となった森氏の発言とは。それは「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」というもの。確かに女性を蔑んだもので、一国の宰相を務めた人物の発言としては著しく品性を欠くことは疑う余地もない。五輪というスポーツ界最大のイベントを運営する組織のトップに座る人物としてふさわしくないのは当然で、辞任は当然だろう。
 しかし、問題は森氏のやめ方だ。もともと森氏はやめる気は全くなかった。当初の腹づもりでは4日の会見で形だけの謝罪をし、それでさっさと幕を引く計画だった。計画通り会見では「不適切な表現で深く反省している。撤回しおわびしたい」と言明、合わせて「辞任の考えはない」とし、これですべてが終わるはずだった。国際オリンピック委員会(IOC)も森氏の記者会見後、「この問題は決着したと考えている」と森氏を援護射撃、すべては森氏と日本オリンピック委員会JOC)のシナリオ通りに進んだのだった。
 ところが、ここでトヨタが動いた。「トヨタの価値観」を突きつけ森氏を辞任に追い込んだのだ。もちろんトヨタの行動自体、何の問題もない。当然だ。女性蔑視を許さない態度は称賛に値する。それをとやかくいうつもりはない。海外生産比率が約半分のトヨタにとって海外でも森批判が高まっていることに対応せざるを得なかっただろう。

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東京五輪に過去最高のお金 
 ただ、世論があれほど非難してもびくともしなかったのに、なぜトヨタが一声あげた瞬間に、森氏辞任が実現してしまうのか。ここが問題だ。東京五輪はいったい誰の祭典なのか。
 突き詰めてしまえば要するにお金なのだ。東京五輪には過去最高額のお金が集まったのだが、その最大の立役者がトヨタ。だからトヨタの意向がものを言うのだ。
 五輪のスポンサーには4カテゴリーあり、1つは最上位の「ワールドワイドオリンピックパートナー(TOPスポンサー)」。コカコーラなど世界企業がこのTOPスポンサーに名を連ねるており、トヨタもこのTOPスポンサーのうちの1社なのだ。仮にトヨタに抜けられれば、東京五輪は成り立たない。だからトヨタの一声は大きいのだ。
 しかし、どうもこの辞任劇、一般庶民には腑に落ちない。しっくりこない。庶民の声は届かないのに、トヨタの一声は一晩で事態を動かす。例え一国の元宰相の首であっても簡単に飛ばしてしまう。それでいいのか。要するに五輪は、庶民とは全く関係のないところで、企業主導で動かされているのだ。これが五輪の正体だ。
 ならば商業ベースでやればいい。正々堂々、金もうけのためのスポーツイベントとして儲けたい企業だけがやればいい。国民の血税を使う必要はない。ボランティアだって不要だ。企業の金だけで人を雇い回していけばいい。それならばいくらトヨタが大きな顔をしたってかまわない。
 今回の森氏辞任はこの点を明らかにした。五輪は金にまみれている。金を持っているものがモノを申せる。動かせるのだ。これでは国も国民も無理に関わる必要はない。やりたい人だけでやればいい。五輪はもはや、そんなスポーツイベントで十分なのだ。(了)

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