琴言譚®︎[きんげんたん]

今、救世主なら語る

残されるのは国民だ。日本郵政、豪トールの事業を売却

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 いったい何だったのか。日本郵政が6200億円を投じ買収したオーストラリアの国際物流会社、トールホールディングスの一部事業を780万豪ドル(約7億円)で売却するという。これにより日本郵政は2021年3月期の連結決算で674億円もの特別損失の計上を余儀なくされる計画だ。残された事業の大半も有望とはいえず「実質価値はゼロ」。こんなことが許されていいのか。説明して欲しいところだが、決断した責任者はもうこの世にはいない。取り残されたのは国民だ。

 

●簿価は1000億円、負債は2000億円 
 今回、日本郵政が売却するのはトールの豪州とニュージーランド国内の企業向け物流や宅配部門。長い間、赤字が続いていた事業で、ついに耐えきれず損を覚悟でファンドに売却する。売却は6月中に完了する予定だ。これで赤字の垂れ流しはいったん止まるが、トールの経営再建にメドがついているわけではない。売却後のトールの簿価は1000億円。これに対して抱える負債は2000億円。こんなものをなんで6000億円を超える大枚をはたいて買ったのか。気の沙汰とは思えない。
 振り返ってみれば、失敗は最初から見えていた。買収当時、その狙いについて日本郵政側は「国内市場が先細りするなか、海外で新たな収益源を確保する」と説明したが、「日本がダメだから外でやってみる」式のグローバル展開など成功するはずはない。トールの何が魅力なのか、日本郵政とどう連携させていくのか、具体的戦略を何も語ることもなく「民営化の象徴が何か欲しい」といったアリバイ的な買収であることは誰の目にも明かだった。実際に買ってみると中身はスカスカ。重複部門も多く2017年3月期には4000億円超の減損処理を迫られ、2007年の民営化後、初の最終赤字に転落した。

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●決めた西室氏、もういない 
 2015年2月、買収を決めたのは東芝出身の西室泰三氏(当時社長)ら数人の幹部で、経営会議に諮ることもなかった。肝心の西室氏は2016年に体調不良を理由に社長を辞任、2017年には81歳で死去した。日本経済団体連合会副会長を務めたほか、戦後70年談話作成に向け、安倍晋三首相が設けた諮問機関の座長も務めたほどの大物経済人ではあったが、トール買収の決断した罪は重い。
 やはりこうなると郵政民営化は改めて間違いだったという他はない。こうした無謀な投資の失敗のツケは結局、最後は国民につけ回される。経営が厳しいとなるとすぐに「効率化だ」との声があがり「地方でのサービスは過剰だ」となる。山あいの一軒家まで郵便物を届ける必要はあるのか、そんな議論が沸き起こってくる。
 都市部であっても地方であっても、手紙は届けられなければならない。国民は等しくこうしたサービスを受ける権利がある。そのサービスを維持するためにも、海外で今回のトールのような博打式の投資はやってはならなかったのだ。
日本郵政にはまだ政府出資が6割残る。これをそのまま残すべきだ。グリップを効かせ、今回のトールのような愚行を繰り返さないよう監視を強めるべきである。日本郵政は国富である。それを改めて思い起こすべきである。(了)

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