琴言譚®︎[きんげんたん]

今、救世主なら語る

中小企業は富士を支える裾野だ

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これほどの暴論があるだろうか。

 今の菅義偉政権の中小企業政策のことだ。現在の中小企業の数を2060年までに半分以下の160万社にまで減らすことが議論されているという。人事権をちらつかせ霞が関の官僚たちを操縦、この政策をまかり通す腹づもりだが、現実に動き出せば日本の物作りの根幹を支えてきた土台をたたき割ることになる。
 いったい仕掛け人は誰なのか。デービッド・アトキンソンという英国人だ。現在、国宝や重要文化財の修復などを手掛ける小西美術工芸社の社長を務める。この人物が菅政権のブレーンとなりこの中小企業淘汰政策を推し進めようとしている。

 

■正体はゴールドマン・サックス
 日本の伝統を守り抜く仕事をする会社のトップがなぜ、と思われるかもしれない。実はこの人物、もともとゴールドマン・サックス証券のアナリストである。1990年代に日本の銀行が抱える不良債権についてレポートを発表した経緯があり、これが小泉政権構造改革を引き寄せた。今度は「日本の中小企業が不良債権そのものだ」というわけだ。

 アトキンソン氏によれば日本の経済成長率が1%にとどまるのは賃金の上昇率が低いため。企業が年率5%程度の賃金アップを行えば、GDP(国内総生産)の半分を占める消費が刺激され日本経済は上向くはずだと主張する。その際、足かせとなるのが日本の中小企業で、経営体力が脆弱な中小企業は思い切った賃上げができず、そのせいで経済が目詰まりを起こしているというのだ。中小企業を整理、淘汰していけば日本経済は再び活力を取り戻すというが、それは本当なのだろうか。

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■規模が小さい、それがどうした
 確かに日本に中小企業は多い。日本の場合、全事業者数の99.7%が中小企業であり、全従業員数の68.8%が中小企業だ。世界で戦うトヨタ自動車パナソニックなど大企業の下に無数の中小企業が連なっている。それはさながら富士に広大な裾野が広がるのに似ている。
 アトキンソン氏はこれが悪いという。規模が小さいということは効率が悪いということ。なのに日本政府は経済を停滞させている元凶の中小企業を税制面などで優遇し、本来淘汰されるべきところを無理に延命させているという。
 しかし、考えてみて欲しい。規模が小さいということがなぜそのまま効率の悪さにつながるのか。極めて粗雑な議論だ。中小企業でありながら宇宙ロケットや原子力発電関連の特許を持つ企業はいくらでもあるし、そういった中小企業が持つ技術がなければできない部品は山のようにある。社員数人の中小企業だからこそ自由な発想でユニークな議論が生まれ、それが新しい技術開発につながっていくことだって多い。それなのに「小さいこと=悪」とはあまりにも稚拙な発想だ。
 そもそも日本にはそれほど中小企業が多いわけではない。アトキンソン氏は英国の出身だが、2020年時点で日本の中小企業の数が350万社であるのに対して、英国は598万社。人口比で見ても英国の方が中小企業の割合が多い。
 問題は創造性と独創性だ。その企業が大きいか小さいかではなく、どらくらいその企業がつくる製品やサービスに創造性や独創性があるのか、これが大切だ。世界で1つしかない製品であれば為替や関税の壁を乗り越え、世界中にその製品は行き渡っていく。日本の企業にはそうした製品をつくる力があるし、それこそが日本企業が生き残る道なのである。

 中小企業をつぶす算段をしている暇があるくらいなら、日本の企業に独創性を持たせる土壌づくりをどうするのか、それを考えるべきである。富士山は広大な裾野があるからこそ美しい。(了)

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