琴言譚[きんげんたん]

今、救世主なら語る

貧乏人救済銀行が日本にやってくる

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    スルガ銀行の闇はどこまで深いのか。不適切融資を調べてきた第三者委員会は9月7日、預金残高の改ざんなど書類の偽装が「全般にまん延していた」と指摘、これを受ける格好で創業家の岡野光喜会長、米山明広社長など計5人の役員が辞任した。異常事態だがおそらくこれで終わりとは、ならないだろう。膿(うみ)はこれからまだまだ出る。ただ、ここで重要なのはスルガ銀行の放漫経営を糾弾することではない。考えるべきは、さして食うに困っているわけでもない人に無理に投機用の金を貸し付ける銀行がのさばる一方で、本当に困っている人にお金を貸す銀行がないことだ。そしてついにあの貧乏人救済銀行が日本にやってくる。

 

ノーベル賞の「グラミン銀行」日本上陸
貧乏人救済銀行の名前は「グラミン銀行」。あのノーベル平和賞を受賞したバングラデシュムハマド・ユヌス博士が発案した有名な銀行だ。「名前は聞いたことがある」という人も多いだろう。
この銀行の特徴は本当に食べるのに困っている人を対象にお金を貸してくれること。「晴れた日に傘を貸し雨の日に傘を取り上げる」日本の銀行のようなマネはしない。マイクロファイナンス(小規模金融)という手法で、本当に小額だが無担保でお金を貸す。
ただ、お金を借りる人は小額だからといっていい加減にお金を借りて使っていいわけではない。「たまには贅沢するか」と御馳走を食べて使ってしまってはダメ。生きた使い方をするよう求められる。例えば、ものをつくるための生産設備を購入したり、ビジネスをするための資格をとるなど現状の「貧乏」から抜け出すためにお金を使わなければならない。それなら気前よくお金を貸してくれるのだ。
しかし、不思議だ。日本は世界第3位の経済大国、そもそも貧乏人がいるのだろうか。テレビをつければグルメとダイエット。飽食の末、だらしなく膨らんだ体を金をかけて引き締め、再び飽食する。まるで夜な夜な吐いては食べ、吐いては飲むを繰り返すローマ貴族の生活を彷彿とさせるこの日本で、バングラデシュ発の貧乏人救済銀行に助けてもらわなければならない人が本当にいるのだろうか。

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●日本は貧乏人国
答えはイエス。実はいるのである。厚生労働省の「生活保護の被保護者調査」(2018年3月)によると日本における生活保護世帯は163万世帯、人数にして211万人。しかし、これはほんの氷山の一角で、年収120万円以下、つまり月の収入が10万円以下のいわゆるワーキングプアの人たちを入れればこの2~3倍の数の人が世界的にみて「貧困」の部類に入るのだという。
しかも、たちが悪いのはこの「貧困」は親から子、子から孫へと遺伝すること。貧乏人の子は親が貧乏なため十分な教育が受けられず学歴が低いまま。高収入を得られる仕事にはつかずやはりその子供にも十分な教育機会を提供することは難しい。貧乏人は貧乏人を「生産」し続ける。格差は世代をまたぎ連鎖し、実質的な階級となる。そして貧乏人は貧乏から抜け出せなくなる。これが今の日本の実態、病理なのである。
実際、グラミン銀行の進出に今のところ否定的な声はあまり聞こえてこない。むしろ歓迎の声が強い。金融庁の首脳は不正融資が発覚する前のスルガ銀行の経営を「積極的」と高く評価していたが、こんな出鱈目(でたらめ)な銀行を放置するどころか褒めそやし、本当に人を助ける金融機関の創造を考えもしなかった世間とのズレを猛省すべきだ。いやただちに改善して欲しい。
日本が実は激しい格差社会であることを突きつけたグラミン銀行はそういった意味でも、さすがノーベル賞である (了)

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