琴言譚®︎[きんげんたん]

今、救世主なら語る

中小企業は富士を支える裾野だ

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これほどの暴論があるだろうか。

 今の菅義偉政権の中小企業政策のことだ。現在の中小企業の数を2060年までに半分以下の160万社にまで減らすことが議論されているという。人事権をちらつかせ霞が関の官僚たちを操縦、この政策をまかり通す腹づもりだが、現実に動き出せば日本の物作りの根幹を支えてきた土台をたたき割ることになる。
 いったい仕掛け人は誰なのか。デービッド・アトキンソンという英国人だ。現在、国宝や重要文化財の修復などを手掛ける小西美術工芸社の社長を務める。この人物が菅政権のブレーンとなりこの中小企業淘汰政策を推し進めようとしている。

 

■正体はゴールドマン・サックス
 日本の伝統を守り抜く仕事をする会社のトップがなぜ、と思われるかもしれない。実はこの人物、もともとゴールドマン・サックス証券のアナリストである。1990年代に日本の銀行が抱える不良債権についてレポートを発表した経緯があり、これが小泉政権構造改革を引き寄せた。今度は「日本の中小企業が不良債権そのものだ」というわけだ。

 アトキンソン氏によれば日本の経済成長率が1%にとどまるのは賃金の上昇率が低いため。企業が年率5%程度の賃金アップを行えば、GDP(国内総生産)の半分を占める消費が刺激され日本経済は上向くはずだと主張する。その際、足かせとなるのが日本の中小企業で、経営体力が脆弱な中小企業は思い切った賃上げができず、そのせいで経済が目詰まりを起こしているというのだ。中小企業を整理、淘汰していけば日本経済は再び活力を取り戻すというが、それは本当なのだろうか。

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■規模が小さい、それがどうした
 確かに日本に中小企業は多い。日本の場合、全事業者数の99.7%が中小企業であり、全従業員数の68.8%が中小企業だ。世界で戦うトヨタ自動車パナソニックなど大企業の下に無数の中小企業が連なっている。それはさながら富士に広大な裾野が広がるのに似ている。
 アトキンソン氏はこれが悪いという。規模が小さいということは効率が悪いということ。なのに日本政府は経済を停滞させている元凶の中小企業を税制面などで優遇し、本来淘汰されるべきところを無理に延命させているという。
 しかし、考えてみて欲しい。規模が小さいということがなぜそのまま効率の悪さにつながるのか。極めて粗雑な議論だ。中小企業でありながら宇宙ロケットや原子力発電関連の特許を持つ企業はいくらでもあるし、そういった中小企業が持つ技術がなければできない部品は山のようにある。社員数人の中小企業だからこそ自由な発想でユニークな議論が生まれ、それが新しい技術開発につながっていくことだって多い。それなのに「小さいこと=悪」とはあまりにも稚拙な発想だ。
 そもそも日本にはそれほど中小企業が多いわけではない。アトキンソン氏は英国の出身だが、2020年時点で日本の中小企業の数が350万社であるのに対して、英国は598万社。人口比で見ても英国の方が中小企業の割合が多い。
 問題は創造性と独創性だ。その企業が大きいか小さいかではなく、どらくらいその企業がつくる製品やサービスに創造性や独創性があるのか、これが大切だ。世界で1つしかない製品であれば為替や関税の壁を乗り越え、世界中にその製品は行き渡っていく。日本の企業にはそうした製品をつくる力があるし、それこそが日本企業が生き残る道なのである。

 中小企業をつぶす算段をしている暇があるくらいなら、日本の企業に独創性を持たせる土壌づくりをどうするのか、それを考えるべきである。富士山は広大な裾野があるからこそ美しい。(了)

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菅さん、宰相の資格はありません

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 ミスには2通りある。許されるミスと許されないミスだ。8月6日、菅義偉首相が犯したミスは後者、決して許されないミスである。原爆死没者慰霊式・平和祈念式の挨拶で「我が国は核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、『核兵器のない世界』の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要です」という一文を読み飛ばした。しかも原爆が投下された広島で、である。日本国の宰相として「失格」の烙印(らくいん)を押されても仕方がない。

 

「唯一の戦争被爆国」を「忘れた」
 いったい何をするために菅氏はわざわざ広島に赴いたのだろうか。挨拶は肝心の「唯一の戦争被爆国」という一文を飛ばしたため全く意味が通じなかった。そんな挨拶をしておきながら直後の記者会見で述べたのはたった一言、「お詫び申し上げる」だけである。それで済む話ではない。日本国の宰相としての自覚が全くない。とりわけこの日は朝から緊張感に満ち満ちていなければならなかったはずだ。なのにあまりに軽い。
 今から76年前の1945年8月6日、晴れた日だったという。午前8時15分、米軍機は広島市上空から「リトルボーイ」を投下、広島市は火の海と化した。人類史上、初めての原爆の投下である。人口35万人の広島市の市民のうち9万~16万6000人が被爆から2~4カ月で死亡した。当時の国や軍部の幹部が暴走、決して行ってならない戦いに突入した結果として招いた悲惨な結末だったが、犠牲になった市民の霊に対し、為政者である菅氏は心から哀悼の念を表し、この国を再興していく決意を述べるべき立場にあった。

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 ■日本が果たすべき責務がある
 それなのに「忘れた」。どういうことだ。許されるべきことではない。この務めを果たさずして何が日本国の宰相だ。
このことが示しているのは、単に菅氏が集中力を欠き、歴史認識が極めて甘い人間だというだけではない。意識の欠如だ。唯一の被爆国としての意識と自覚がない。被爆国の宰相としてどう振る舞い、どう国の舵を切っていくのか、その意識がないのだ。
 一般の何の罪もない市民が暮らす街にある日突然、核兵器という無差別殺人兵器を落とされたのである。これほど惨いことがあるだろうか。体験したのは世界で唯一、日本だけである。ならば日本にしかできない主張があるはずだ。戦争の悲惨さを世界に示し、決して戦争を起こさない、戦争を放棄する、憲法9条を掲げるのはそのためだ、こう宣言しなければならない。そのことこそ世界のためになる。その責務を果たしてこそ日本国も世界から尊敬される国となる。
それなのに菅首相はその責務を果たすことを忘れた。これは重い。
「菅さん、あなたに日本国の宰相の資格はありません」 (了)f:id:mitsu369:20210807062112j:image

尖閣諸島危うし 中国が牙を向いた

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 第32回夏季オリンピック東京大会が7月23日夜、開幕した。新型コロナウイルス禍で多くの犠牲を払いながら強行された東京五輪。日本の国民の関心は8月8日までここに集中することになる。しかし、日本はもはや商業的意味しか持たない虚飾の祭典に浮かれてはいられない。紛争の危機はもうすぐそこに来ている。台湾問題。そう中国の侵略だ。


習近平「台湾統一は任務」
「台湾問題の解決と祖国の完全統一の実現は中国共産党の揺るぎない歴史的任務」。7月1日、北京の天安門広場で開いた党創建100年の式典で習近平共産党総書記(国家主席)は台湾の「統一」をなし遂げる決意を明確に宣言した。「いかなる台湾独立のたくらみも断固として粉砕する必要がある」とし、一歩も引かない姿勢を明らかにしたのである。
急速な経済成長をなし遂げ、米国を追い抜き世界1が視野に入りつつある強国としての自信がみなぎる国家主席の発言だが、ここまであからさまになると日本も安閑とはしていられない。断固とした態度をとる必要がある。なぜなら、仮に中国が習近平の言葉通り、台湾統一をなし遂げれば「台湾に付属する島」との理由で尖閣諸島の領有権も一緒に蹂躙してくることは確実だからだ。これは日本の国防、そして経済成長を考えた時に決して許してはならないことである。
もちろんそこは日本政府も分かっていて麻生太郎副総理兼財務省が「中国が台湾に侵攻した場合、安全保障関連法が定める『存立危機事態』と認定して、限定的な集団的自衛権を行使することもある」との認識を示し、応戦してはいる。だが実はこれでは何の牽制にもなっていない。集団的自衛権という結局、米国の威を借りながらの牽制は「米国抜きでは日本は何もできません」と言っているのと同じだからだ。かえって中国に甘く見られ、逆効果というものだ。 

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●「台湾独立?」米国は知らぬ顔
しかも決定的なのはその後のカート・キャンベル国家安全保障会議(NSC)インド太平洋調整官の言葉だ。キャンベル氏は「台湾の独立を支持しない」と発言したのである。つまり台湾は中国の領土であるという中国側の主張を認めた格好であり、それはすなわち尖閣諸島の中国の占有を事実上、認めたことにもなるのである。

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尖閣諸島で石油、掘るべし
こうなると日本は形無しである。いくら集団的自衛権を振りかざしてみても、米国は助けてはくれない。あてにしていた虎が早々に白旗をあげてしまったのだ。もうキツネはその威をかることはできない。あとは獅子に踏みにじられるだけのことである。米国は決して助けてはくれない。
尖閣諸島は資源の宝庫である。日本は譲ってはならない。ここを譲ってしまえば日本の国力は大きく損なわれる。防衛上も、問題だ。尖閣諸島をとられれば、いずれ沖縄が危機にさらされる。いくら摩擦があったとしても断固として守り抜かなければならない。
まずはすかさず日本は動くことだ。尖閣諸島で石油を掘ること。掘ればでてくることはすでに調査済みである。分かっている。だから中国も躍起になってのだ。尖閣諸島で石油を堀り、既成事実をつくり日本の領土であることを証明するのだ。こうなれば中国も簡単には手出しはできない。尖閣諸島の開発は、最大の防衛なのである。   (了)f:id:mitsu369:20210724123952p:image

ただほど高いものはない。自分の国は自分で守れ 

 日本が戦後、経済成長を遂げられたのは戦争を放棄し、防衛面ですべて米国に依存することができたから。日本の経済人は決まってそういう。それは本当なのだろうか。例えば在日米軍の駐留経費を見てみると日本の負担割合はほぼほぼ9割。決して安くはない。このお金を本当に日本に必要な防衛のために振り向けることができたなら日本はもっと毅然とした独立国家になるはずだ。

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●言葉だけ綺麗な思いやり 
思いやり予算」という言葉を聞いたことのある人も多いだろう。米軍が日本に駐留してくれている、その御礼として①基地従業員の給与や手当②光熱費③施設整備費などのほか、米軍関係者の福利費までも日本が「思いやり」として負担しているのだ。米国から武器を購入する費用とは全く別に、単に在日米軍基地を日本に置くために必要なランニングコストを日本が負担しているわけだ。
 思いやりといえば言葉は綺麗だ。しかし実態は異なる。負担が始まったのは1978年度分からだが、当時、米国の財政が悪化していたこともあり、日本に「安保ただ乗りは許さない」と圧力をかけながら米国側から押しつけてきたものだ。最後は当時の防衛庁長官だった金丸信氏が米国への「思いやりがあってもいい」と発言、日本側から負担を申し出た形にはしたものの実態は全く違う。
 だいたい「思いやり」というにしては度が過ぎている。防衛省が公表した2015年度の日本の負担割合は86%。総額が2210億円だったから、このうちの1910億円を日本が負担しているのだ。日本を守ってもらっている代償とはいうものの、米軍の給与、光熱費、福利厚生費の9割方を日本が持っているのだ。2004年に米国防総省が発表した国別の負担割合によると日本が74.5%、韓国は40%、ドイツが32.6%だったことからしても日本の負担は度が過ぎている。

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尖閣諸島海域での中国の行動、米国は黙認
 それでも本当に米軍が日本の主権を最後まで守ってくれる気があればいい。その気がないのが問題なのだ。在日米軍は日本を守るために駐留しているわけではない。そこを理解しなければならない。国際政治は冷徹だ。米国は自国にとって有益だから日本に在日米軍を置いているに過ぎない。米国からみて極東エリアの防波堤、とりわけ中国に対する牽制のため日本に米軍を駐留させておく必要があるから、置いているだけの話である。日本がありがたがって「思いやり」と言いながらお金を払い続ける必要など本当はどこにもない。
 米国が日本を本気で守る気がないのは尖閣諸島での中国の振る舞いを野放しにしていることでも分かる。中国海警局の船は沖縄県尖閣諸島の接続水域や領海内の航海内で繰り返し、2021年6月4日時点で過去最長の112日連続で、進入してきた。もし米国が日本の主権を守る気なら行動を起こしているはずだが、何のアクションもない。
日本も米国が動かない以上、動くわけにもいない。「遺憾の意」を表明するだけ。こうなると中国はやりたい放題だ。中国は「自国の領海をパトロールしているのだから当然」という立場だから日本が具体的な行動を起こさない以上、「日本は実質的に黙認している」と理解する。当然だ。
お金も出している。米国はなんとかしてくれるはず。それはもはや日本の思い込みと希望にしか過ぎない。何も動いてはくれない米国にこれ以上、貴重なお金を巻き上げ続けられるのはもうご免だ。戦後は終わった。本当に終わった。日本は1国。ただ一人、戦争は放棄しつつ、守るべき主権は自分で守る――。誰にも依存せず立ち上がるべき時なのだ。(了)

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残されるのは国民だ。日本郵政、豪トールの事業を売却

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 いったい何だったのか。日本郵政が6200億円を投じ買収したオーストラリアの国際物流会社、トールホールディングスの一部事業を780万豪ドル(約7億円)で売却するという。これにより日本郵政は2021年3月期の連結決算で674億円もの特別損失の計上を余儀なくされる計画だ。残された事業の大半も有望とはいえず「実質価値はゼロ」。こんなことが許されていいのか。説明して欲しいところだが、決断した責任者はもうこの世にはいない。取り残されたのは国民だ。

 

●簿価は1000億円、負債は2000億円 
 今回、日本郵政が売却するのはトールの豪州とニュージーランド国内の企業向け物流や宅配部門。長い間、赤字が続いていた事業で、ついに耐えきれず損を覚悟でファンドに売却する。売却は6月中に完了する予定だ。これで赤字の垂れ流しはいったん止まるが、トールの経営再建にメドがついているわけではない。売却後のトールの簿価は1000億円。これに対して抱える負債は2000億円。こんなものをなんで6000億円を超える大枚をはたいて買ったのか。気の沙汰とは思えない。
 振り返ってみれば、失敗は最初から見えていた。買収当時、その狙いについて日本郵政側は「国内市場が先細りするなか、海外で新たな収益源を確保する」と説明したが、「日本がダメだから外でやってみる」式のグローバル展開など成功するはずはない。トールの何が魅力なのか、日本郵政とどう連携させていくのか、具体的戦略を何も語ることもなく「民営化の象徴が何か欲しい」といったアリバイ的な買収であることは誰の目にも明かだった。実際に買ってみると中身はスカスカ。重複部門も多く2017年3月期には4000億円超の減損処理を迫られ、2007年の民営化後、初の最終赤字に転落した。

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●決めた西室氏、もういない 
 2015年2月、買収を決めたのは東芝出身の西室泰三氏(当時社長)ら数人の幹部で、経営会議に諮ることもなかった。肝心の西室氏は2016年に体調不良を理由に社長を辞任、2017年には81歳で死去した。日本経済団体連合会副会長を務めたほか、戦後70年談話作成に向け、安倍晋三首相が設けた諮問機関の座長も務めたほどの大物経済人ではあったが、トール買収の決断した罪は重い。
 やはりこうなると郵政民営化は改めて間違いだったという他はない。こうした無謀な投資の失敗のツケは結局、最後は国民につけ回される。経営が厳しいとなるとすぐに「効率化だ」との声があがり「地方でのサービスは過剰だ」となる。山あいの一軒家まで郵便物を届ける必要はあるのか、そんな議論が沸き起こってくる。
 都市部であっても地方であっても、手紙は届けられなければならない。国民は等しくこうしたサービスを受ける権利がある。そのサービスを維持するためにも、海外で今回のトールのような博打式の投資はやってはならなかったのだ。
日本郵政にはまだ政府出資が6割残る。これをそのまま残すべきだ。グリップを効かせ、今回のトールのような愚行を繰り返さないよう監視を強めるべきである。日本郵政は国富である。それを改めて思い起こすべきである。(了)

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五輪どころじゃない 聖火リレーの裏で核爆発の危機

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 東京五輪聖火リレーが3月25日、スタートを切った。

 大会は4カ月後。約1万人がトーチをつなぐ。しかしこの日、もう1つの大きな事件が発生した。福島第1原発の「核燃料デブリ」の取り出し開始時期を「1年程度の先送りする」と東京電力が発表したのだ。「復興五輪」開催に向け大きく動き出したその同じ日、廃炉プランは大きく後退した。安倍政権が繰り返し世界に発信した「原発は完全にアンダーコントロール」という言葉は全くの噓だったのだ。

 その事実が奇しくも聖火リレースタートの日に白日の下にさらされることになった。


東日本大震災の危機再び
 被曝(ひばく)の可能性がある国でオリンピック――。

 最初から無理だったのである。「完全にアンダーコントロール」などと力んでみても日本は「核燃料デブリ」に触ることすら、実質的にはできない。そんな状態の国で、そもそもオリンピックができるはずはない。

 新型コロナウイルスのおかげで、海外からの観戦客受け入れ断念に追い込まれたのは、世界に迷惑をかけなくて済む分、むしろ日本にとって幸運だったのかもしれない。
 実は福島原発東日本大震災後も度々、ひやりとする危機に見舞われている。その最たるものが2021年2月13日の大型地震だ。この日、23時08分、福島県沖の深さ55キロメートルのところを震源マグニチュード7.3の地震が発生、宮城県福島県震度6強の揺れに見舞われた。そしてその直後、再び日本崩壊を連想させる深刻な事故が発生したのだ。

 その事故とは水位の低下だ。福島第1原発で1号機と3号機の格納容器の水位が数10センチ下がったのだという。マスコミは沈黙する。しかし、これは見過ごすことができない極めて重要な出来事だ。原子力規制委員会は「注水は継続していて安全上の問題は現状ない」との見解を発表したが本当か。噓だ。福島第1原発が極めて深刻な状態にあるのだ。
 簡単なことだ。水位が下がったということの意味は入る水の量よりも出て行く水の量が多いということ。つまり13日の地震で格納容器にもともと入っていた亀裂が広がったということは間違いない。たまたまそれは対処できる範囲だったが、次ぎもそうなるか、保証の限りではない。

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福島原発プラント、日々劣化
10年前の東日本大震災福島原発は決定的なダメージを受けた。いつ崩壊してもおかしくない状態にある。その後も地震の揺れが加わり、建物を揺さぶり続ける。劣化は進む。しかし、保守・メンテナンスは全くない。そんな状態で、仮にまた震度6クラスの地震が来たら……。亀裂はまた広がる。今度はそれだけで済まない可能性は高い。デブリの取り出しはまだ着手すらしていない。東電が発表した通り本当に1年後にスタートさせられるのか、極めて怪しい。
 そうこうしているうちに広がった亀裂から残ったデブリが溶け落ち、再臨界、そして爆発。日本は壊滅する。そんなシナリオだってありうる。その瞬間は明日かもしれない。オリンピック期間中にそれが起こらないと誰が言えよう。
 日本は危ない。オリンピックどころではないのである。(了)

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金があるやつが決める

 

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金があるやつが決める――。森会長の辞任で見えた五輪の正体

いったい誰が主役なのか。東京五輪パラリンピック組織委員会森喜朗会長の辞任劇はこの問題を浮き彫りにした。女性を蔑視する発言に世論の激しい批判も「どこ吹く風」、続投を決め込んだ森氏だったが、トヨタ自動車など企業が反対を表明すると態度を一変、あっさり辞任を決めた。五輪の主役は国民ではない。企業なのだ。金があるものがものを言う。そんな祭典、まっぴらだ。


トヨタに「右にならえ」 
 「トヨタが何を大事にしているかを世の中に正しく理解してもらうためには、ここで沈黙してはいけないと判断した」。「トヨタが大切にしてきた価値観とは異なり、誠に遺憾だ」――。2月10日のトヨタ自動車の決算会見。その席上で長田准執行役員が代読した豊田章男の声明が政府関係者に伝わると、大きな波紋を呼んだ。
  なぜなら日本の企業が政治に対してここまで「もの申す」のは極めて異例なことだからだ。この「異例な」行動は連鎖を呼び、エネルギー会社のENEOSホールディングスもトヨタに続いた。「当社グループの行動基準に定めている人権尊重の観点からも極めて遺憾で残念」と表明、この後は雪崩を打ったように次々と有力企業が森会長の発言に懸念を表明し、「森氏辞任」の空気がつくられていった。
 さて、ここで問題となった森氏の発言とは。それは「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」というもの。確かに女性を蔑んだもので、一国の宰相を務めた人物の発言としては著しく品性を欠くことは疑う余地もない。五輪というスポーツ界最大のイベントを運営する組織のトップに座る人物としてふさわしくないのは当然で、辞任は当然だろう。
 しかし、問題は森氏のやめ方だ。もともと森氏はやめる気は全くなかった。当初の腹づもりでは4日の会見で形だけの謝罪をし、それでさっさと幕を引く計画だった。計画通り会見では「不適切な表現で深く反省している。撤回しおわびしたい」と言明、合わせて「辞任の考えはない」とし、これですべてが終わるはずだった。国際オリンピック委員会(IOC)も森氏の記者会見後、「この問題は決着したと考えている」と森氏を援護射撃、すべては森氏と日本オリンピック委員会JOC)のシナリオ通りに進んだのだった。
 ところが、ここでトヨタが動いた。「トヨタの価値観」を突きつけ森氏を辞任に追い込んだのだ。もちろんトヨタの行動自体、何の問題もない。当然だ。女性蔑視を許さない態度は称賛に値する。それをとやかくいうつもりはない。海外生産比率が約半分のトヨタにとって海外でも森批判が高まっていることに対応せざるを得なかっただろう。

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東京五輪に過去最高のお金 
 ただ、世論があれほど非難してもびくともしなかったのに、なぜトヨタが一声あげた瞬間に、森氏辞任が実現してしまうのか。ここが問題だ。東京五輪はいったい誰の祭典なのか。
 突き詰めてしまえば要するにお金なのだ。東京五輪には過去最高額のお金が集まったのだが、その最大の立役者がトヨタ。だからトヨタの意向がものを言うのだ。
 五輪のスポンサーには4カテゴリーあり、1つは最上位の「ワールドワイドオリンピックパートナー(TOPスポンサー)」。コカコーラなど世界企業がこのTOPスポンサーに名を連ねるており、トヨタもこのTOPスポンサーのうちの1社なのだ。仮にトヨタに抜けられれば、東京五輪は成り立たない。だからトヨタの一声は大きいのだ。
 しかし、どうもこの辞任劇、一般庶民には腑に落ちない。しっくりこない。庶民の声は届かないのに、トヨタの一声は一晩で事態を動かす。例え一国の元宰相の首であっても簡単に飛ばしてしまう。それでいいのか。要するに五輪は、庶民とは全く関係のないところで、企業主導で動かされているのだ。これが五輪の正体だ。
 ならば商業ベースでやればいい。正々堂々、金もうけのためのスポーツイベントとして儲けたい企業だけがやればいい。国民の血税を使う必要はない。ボランティアだって不要だ。企業の金だけで人を雇い回していけばいい。それならばいくらトヨタが大きな顔をしたってかまわない。
 今回の森氏辞任はこの点を明らかにした。五輪は金にまみれている。金を持っているものがモノを申せる。動かせるのだ。これでは国も国民も無理に関わる必要はない。やりたい人だけでやればいい。五輪はもはや、そんなスポーツイベントで十分なのだ。(了)

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スマートシティは『新首都』で開け

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 地下鉄の駅が浮いている――。信じられるだろうか。東京23区内の地下鉄の駅のうち、いくつかの駅舎がプカンと水の中に浮かんでいるのだ。もともと沖積平野(ちゅうせきへいや)を埋め立て開発した東京の地盤は相当程度、ぬかるんでいる。そこに無理に地下鉄の駅を建設、アンカーやオモリをつけて何とか地中にとどめているのが実態なのだ。もはや東京は限界。スマートシティをつくるなら、新首都でつくれ。

 

●都市の高度情報化で経済復活
 9月14日。新政権が発足する。最大の関心はアフターコロナ。戦後最悪の状況にまで落ち込んだ経済をどう立て直すのか、新政権はその答えを求められることになる。答えの1つとして想定されるのがスマートシティの構築だ。AI(人工知能)やITC、5Gなど最先端の情報技術を駆使して、東京を生産性の高い都市につくり変えようという戦略で、ここに来て急激に大きなうねりとなりつつある。これは半分、正解、そして半分は間違っている。
 新型コロナウイルスの感染拡大で企業はリモートワークの導入を余儀なくされた。そのおかげで、人は情報通信の環境さえ整っていれば、どこでもいつでも仕事ができることを確認できた。新しい働き方の時代だ。確かに我々は、これに合わせて街を変えていかなければならない。その造り替えに成功、街のスマートシティ化を実現することができれば、日本は再び経済大国として世界で存在感を示すことができるだろう。
 ただ、問題は場所だ。お金を投じるべき対象は東京ではない。東京には、もはや開発する土地がない。スペースがない。新しい開発に耐えられる体力が残っていない。東京駅も上野駅も放置しておくと駅舎が、増え続ける地下水の浮力に耐えきれず、浮かび上がってしまうところまで来ている。東京駅の駅舎は1本あたり100トンの浮力に耐えられるアンカーを130本、地盤に打ち込むことで対応し、上野駅はプラットホームの下に3万トンのオモリを置き、地下水の浮力に対抗させている。そんな状態のところにいくらお金を注いでも開発効率は極めて悪い。

 日本はもともと遷都の国だ。例えば710年に平城京に都が移り、その後794年に平安京に遷都するまでの奈良時代だけを見ても都は6回動いている。日本は時代が切り替わるタイミングで、遷都を行ってきたのだ。災害に備えたリスク管理という意味だけではなく、新しい時代を迎え入れるタイミングで新しい時代の器をつくってきた。今がその時である。新政権はこれを政策として掲げるべきだ。
 国際都市、東京に存続の意味がなくなったと言っているわけではない。経済都市として東京はそのまま発展させ機能させていけばいい。商都だ。そして首都としての機能は切り出し、岩盤が強固な場所に移し、新しい首都を形成する。

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●移転効果300兆円
 そもそも首都移転は国会で決議済みである。1990年に衆参両院で「国会等の移転に関する決議」を議決し、「首都機能移転を検討する」という基本方針はすでに決まっている。移転先候補地についても「栃木・福島地域」「岐阜・愛知地域」、移転先候補地となる可能性がある地域として「三重・畿央地域」と選定作業も進んでおり、世論の盛り上がりとは裏腹に水面下で準備は着実に整いつつある。
 海外でも遷都の例は決して珍しくはない。米国のワシントンとニューヨーク、カナダのオタワとトロント、オーストラリアのキャンベラとシドニーなど首都と最大都市が異なる国は多い。ドイツもベルリン・ボン法によりベルリンとボンに分けて行政機関を設置している。ベルリンとボンは直線で約450キロメートル、鉄道・高速道路では600キロメートルの距離だが、連邦議会はベルリンに完全に移転、連邦政府の省庁についても、中核部分をベルリンに移転させている。隣国の韓国もまた遷都を実施している。
 遷都はそれ自体が巨大な公共工事であり経済を活性化させる。ただ、それだけはない。最も大きいのは首都移転に伴う経済波及効果だ。仮に56万人の都市形成を実現させたとすると、直接の経済効果だけに限定して試算したとしても民間と公的部門の合計で32兆円。今後のITやAIの波及効果も含めて考えると全体では200兆円から300兆円にも達するという。これは三菱総合研究所の試算だ。首都機能分散を進めたマレーシアの事例などを参考に算出しているものだが、実際にマレーシアは1991年に情報化構想「マルチメディア・スーパー・コリドー(MSC)」と銘打ち、新行政都市「プトラジャヤ」を建設、2015年の経済成長率は4.9%、2017年まで4~6%の高い成長をとげた。それをもとにしている。
コロナは確かに負担である。人々の心も荒廃しつつある。しかし、同時にチャンスでもある。小手先ではなく、思い切った抜本的な改革のチャンスなのだ。最優先すべき課題が首都移転。本気で考えるべき時である。(了)

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茨城沖に巨大油田、日本に石油はある

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 日本に石油は確かにある。2020年7月。それを裏付ける証拠がまた明かになった。東シナ海?いやもっと近く。茨城県北茨城市の五浦(いづら)海岸だ。ここに世界的な規模の油田がある可能性が出てきたのだ。

 

●埋蔵量950億立方㍍の巨大油田
 五浦海岸は日本画横山大観縁(ゆかり)の地。明治期の美術思想家、岡倉天心が終(つい)の住処としたことで知られる景勝地でもある。この海岸に分布する岩礁が、かつて周辺の海底に存在した石油・ガス田から湧出した天然ガスに由来することが明かになったのだ。埋蔵量にして950億立方メートル以上。巨大ガス田に匹敵する油・ガス田だという。
 存在したのは1650万年前だが、それでは「今は枯れてしまったのか」というとそういうわけではない。その周辺の茨城沖に石油、天然ガス資源が存在するポテンシャル(潜在力)は十分にあるというのだ。
 今回の発見は茨城大学大学院理工学研究科の安藤寿男教授(地質学)と北海道大学大学院理学研究院の鈴木徳行名誉教授らの研究チームによるもの。研究成果は国際学術誌「Marine and Petroleum Geology」のオンライン版と紙媒体で公開された。


●待たれる国の探査
 調査では採取した岩礁に残留する微量のガスを測定、岩礁やガスに含まれる炭素などの同位体組成も分析した。その結果、炭酸カルシウムを構成する炭素のほとんどがメタンなどの天然ガスに由来することや、メタンから生成した重炭酸イオンが海水中のカルシウムイオンと結びついて炭酸カルシウムを形成したことを確認、原油が存在していた可能性が高いと推定されるという。
 国は2019~2028年度に日本周辺の海域で5万平方キロメートルを目標に、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の探査船「たんさ」による地下資源探査を進めている。是非、この地下資源探査で今回、油田がある可能性が指摘された茨城沖も対象に加えるべきだ。茨城沖で石油があるとなれば、その経済効果は計り知れない。
 アフターコロナは確実に動乱の時代だ。経済的困窮は必ずやってくる。追い込まれればそのフラストレーションは戦争へ、戦争へと国を追い込んでいくだろう。そうなる前に、大型の公共工事、国によるプロジェクトが必要で、その1つが国による油田の開発なのだ。ちょうどこのタイミングで油田が発見されたのだ。偶然ではない。国は動くべきなのである。(了)

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イージス計画が停止、日本独自の迎撃システム構築の時

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 安倍政権の暴走にまた1つ修正が入った。陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画のことだ。政府は6月16日、「費用、期間を考えれば配備が合理的ではない」として米国からシステムを購入、これを配備する計画を停止すると発表したのだ。米国の顔色を気にして、必要性はさておき「まずはとにかく何か武器を米国から買う」ことから決まったこの計画は、すんでのところで「待った」がかかった。日本は自らの国は自らで守ることを考えなければならない。


●米国の顔色伺い導入決定
 ことの発端は2017年11月の安倍首相とトランプ大統領の日米首脳会談。ここでトランプ大統領は「非常に重要なのは首相が(米国から)膨大な量の兵器を買うことだ」と日本側に要求、安倍首相も「米国からさらに購入していく」と応じたのだ。米国の言いなりの安倍首相の対応に、さすがに首をかしげる政府関係者も多かったが、当時、勢いに乗っていた安倍政権は翌月の12月には「イージス・アショア」の導入が閣議決定してしまった。
 「とにかく買え」と言われて、買ったイージス・アショア。いったいどういうシステムなのか。まず製造は米ロッキード・マーチン社だ。イージス艦と同じレーダーやミサイルを使い、地上から飛んできたミサイルを迎撃するのだという。1基あたり700億円から800億円と巨額だが、これを2基導入し日本全域をカバーする計画だった。
 これだけの買い物をよく吟味もせず即決するとは実に乱暴な話だが、米国の機嫌をとりたい安倍政権にとって追い風だったのが北朝鮮だった。2017年夏、北朝鮮弾道ミサイルの発射を繰り返していて「防衛力を高めなければ」という機運が日本のなかで全体的に高まっていた。これが味方した。
 ただ、決めてはみたものの実に不備が多い。それが河野防衛相の洗い直しの指示で発覚した。とりわけ安全性には問題が多くこのままでは「極めて危険」があることが明かになった。ブースター問題だ。

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●ブースターが民家に落下
 イージス・アショアは迎撃ミサイルを使って向かってくる弾道ミサイルを大気圏外(宇宙空間)で撃ち落とすのだが、ミサイルを空高く打ち上げる時に使う「ブースター」を途中で切り離す。ところが現状のままでは、このブースターを完璧にコントロールしきれないために、場合によっては切り離したブースターが集落に落下してしまう可能性があるのだという。
 国民を守るための迎撃システムが逆に国民を襲う。まるでブラックジョークだが、現状のままでその可能性をゼロにできない。これを解消するためには2000億円規模の追加費用がかかるという。「それならば導入は停止」、ということになったのだ。
 あえて「白紙」または「中止」とせず、「停止」という言葉を使うのは「またいつかスタートさせたい」という意図なのだろうが、実にナンセンスだ。日本はここでも米国依存を改めなければならない。日本を襲う弾道ミサイルが仮にあったとするなら、自らのシステムでこれを撃ち落とせる態勢を整えておくべきだ。日本のレーザービームの技術を使えば、それは可能だ。米国に払うお金があるくらいなら、それを研究開発に振り向ければいい。
 米国に守ってもらう。そのためにお金を使う。そんな負け犬根性では世界は日本を尊敬しない。そこを考えなければならない。(了)

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河野防衛相(右)の「イージス・アショア」配備計画停止の判断を、安倍首相は了承した(共同)
 

 

 

「アベノマスク」人のフンドシで人気とり


 この国は大丈夫なのか。あまりに偏りが過ぎる。あまりに無防備に国を開き過ぎた。今回のコロナ禍はこれを浮き彫りにした。日本はそろそろ学ばねばならない。国づくりということを。国民を感染症から守るマスクの輸入比率が8割。これでは国は守れない。

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■総額466億円。検品に8億円 
 総額466億円――。これがアベノマスクノのお会計である。加えて検品に8億円。550人の人員も配置し目視(目でみて)で選別したのだそうだ。しかも「アベノ」と名称をつけた割には、お金は国民の税金である。安倍首相が自腹を切り、ただで配ってくれるわけではない。なのにわざわざマスクに「アベノ」と命名する厚かましさ。何とも腹立たしい。
 それにしてもお粗末な話だ。そもそもなんでこうなる。結論を先にいえば、外国に依存しすぎたからだ。日本衛生材料工業連合会の統計では2018年に国内で供給された約55億枚のマスクのうち、日本製はわずか2割で残りは輸入品。マスクの原材料となる不織布も、日本企業の比率が2割でほとんどが中国産という。これでは国は守れない。
 実は新たなパンデミック(世界的大流行)のリスクは2年前に指摘されていた。安全保障や感染症の研究で知られる米ジョンズ・ホプキンス大学が2018年にまとめた報告書だ。同報告書は今世界を苦しめている新型コロナウイルスの登場をすでに予見している。呼吸器系に悪さをするRNAウイルス、つまり今、流行しているコロナウイルスなどに十分な注意が向けられていないと警鐘を鳴らしているのだ。

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感染症研究にぬかり
 もし、この2年前の警鐘に日本が耳を傾けていたらどうだろう。ワクチンや治療薬の開発は間に合わなかったからもしれないが、投入の時期は2年前倒しできた。すくなくともマスクくらいは十分に確保できたいたはずだ。
起きてしまったことを後からいくら講釈してみても始まらないのは分かっている。が、466億円もかけてマスクを配るくらいなら、その半分でも日本国民の命を感染症から守る研究に振り向けるくらいの機敏さと賢さが必要だったのではないか。儲からないと判断したものは、外でつくらせる。そのうえで国を開いて外から買う。「国は開け、開け」。
 しかし、いざとなればどうだ。日本に供給網は遮断され、たちまち自国民の命は危機にさらされる。国を熱心に開いた責任者は莫大な税金を湯水のようにつかってマスクをくばる。
滑稽以外の何ものでもない。そしてこの政権を支持し、延命させてきたのは国民以外の何ものでもない。(了)

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コロナより怖い自給率37%

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新型コロナウイルスの感染拡大が日本の「食」を揺るがそうとしている。世界最大の小麦の輸出国であるロシアが4~6月の穀物輸出量に制限を設定、セルビアベトナムなども食糧の輸出に歯止めをかけ始めた。自動車や電気製品の輸出のため自国の農業を犠牲にし続けてきた日本だが、そのツケが最大の国難の今、回ってくることになった。
 ロシアの2019年4~6月の穀物の輸出量の実績は720万トン。しかし、今年はこれを700万トンに制限する。本来、ロシアの場合、穀物に輸出制限を設けていなかったが、自国の食糧事情に配慮、輸出を制限するという。

 セルビアもひまわり油やイーストの輸出を一時停止、世界3位の米輸出国のベトナムも米輸出の新たな契約を一時、停止した。専門家によると今後、食糧事情が悪化していくなら、こうした動きは他国にも広がる可能性が高いという。さあ、日本はどうなる。

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●平時の常識、非常事態の常識
ここで問題なのは各国の輸出制限の動きにほとんど批判が出てないことだ。「自由貿易の拡大こそ正義」という流れにあったコロナ前なら身勝手な行為とされたかもしれない。

 しかし、ことここに至ってでは、各国政府が自国の国民の食糧を優先することに対して批判らしい批判は沸き起こってはいない。
当然だろう。国の責任者が自国の国民を守る。当然の行為だ。非常事態とはそういうことだ。自国の国民の命が危険にさらされている時に、他国への配慮や他国の利益を優先させる為政者などいない。
 さて、日本はどうだろう。この事態を想定しただろうか。想定はしていただろが、現実のものになるとは思ってはいなかっただろう。自動車や電気製品を海外で売るために、自国の農業を傷め続けてきた。農業にこだわることはまるで田舎者のエゴイズムのようにみてきた。国の経済成長にばかり目を奪われ、命の保障をお座なりにしてきた。
 その結果の自給率40%割れ。農林水産省の発表によれば、2018年度の日本の食料自給率は37%(カロリーベースによる試算)と過去最低を記録した。明日から食糧の輸入がストップされればいったいこの国は持つのか。半分にも満たない自給率で、国は維持できない。無節操な経済最優先のツケが、今、国民に回されている。コロナと同時に今、ここにあるリスクである。(了) 

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国を富ます企業を国も応援する

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 463兆1308億円――。途方もない金額だ。実はこのお金、企業がため込んだ内部留保の金額(2018年度末)なのだ。7年連続での過去最高更新だが、とにかく今、企業は潤っている。にもかかわらず庶民の生活は楽とは言えない。むしろその逆。いったい何なんだ、これは。そのからくりを探ってみる。
 
●企業の儲けのたまり、過去最高
まず「内部留保」。これは企業の売上高から人件費や原材料費などの費用を差し引き、法人税や配当を支払った後の利益を積み上げたもの。つまり、純粋な儲けの貯まったものだ。
これが463兆1308億円。日本の税収(2019年度)が62兆4950億円だから、その7.4倍のお金が、企業の懐にとどまっているわけだ。
とりわけ儲けを独り占めしているのが大企業だ。資本金10億円以上の大企業の儲けっぷりは凄まじく2018年度末時点で1年前に比べ8.1%増の234兆903億円。これだけでも日本の税収の4倍近く。恐ろしい儲かり方なのである。
では、さぞかし勤め人の生活は潤っているだろうと思うのだが、さにあらず。企業は賃上げに積極的に応じる構えはなく、お金を外に出そうとはしない。労働分配率は改善しないままに推移している。「社会貢献に振り向けろ」とまではいわない。せめて身を粉にして働いた従業員に還元すれば、それが消費に回り、間接的に社会を潤す原動力となるだろうが、企業はがっちりお金を抱え込んだまま放そうとはしない。庶民はカラカラだ。
しかし、もっと問題なのは大企業の納税態度である。「米国や欧州のグローバル企業との激しい競合を勝ち抜かなければならない」として法人税を初めとして企業が納めるべき、お金をいっこうに納めようとしないのだ。企業に言わせれば自己防衛ということになるのだろうが、本当にこれでいいのか。

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法人税ゼロのソフトバンク
例えば最近、倒産説が喧伝(けんでん)されるソフトバンク。実に巧妙だ。10兆円という巨額の運用規模を誇る投資ファンドが大赤字を抱え、「会社経営がギリギリのところまで来ているのでは」とみる向きも多いのだが、そうではない。わざと赤字をつくっていのだ。2018年3月期の決算で売上高は約9兆1587億円、純利益は1兆390億円を計上していたが、日本国に納めた法人税はゼロ。「ビタ一文」たりとも国にお金を払っていないのだ。
そのトリックはこうだ。まず、ソフトバンクは2016年に英国の半導体大手、アーム社を3.3兆円で買収したが、これを使った。ソフトバンクはアーム社を買収した後、アーム社の株式の4分の3を配当という形で吸い上げてしまったのだ。これでアーム社の実質的な価値は大きく目減りしてしまう。もちろんそれは百も承知で、あえて、自分が勝ったアーム社の価値を傷つけ、評価を下げたのだ。そのうえで価値が下がったアーム社の株を自分のグループ内の会社に買い取らせる。アーム社の株を買い取る会社は、当初の価値より大幅に下がってしまった株を買うのだから、赤字となる。その会社こそが10兆円の投資ファンドの会社で、この会社があえて赤字になるように操作したわけだ。ここがミソだ。ソフトバンクは赤字会社を抱えこんだわけだから、大手を振って法人税の支払いを国から免除してもらえる。もちろん合法だ。
本来ならソフトバンクは1000億円単位の法人税を払ってもいいはず。それがゼロ。こんなムチャクチャがまかり通るのが日本。そしてアベノミクスなのだ。
 だいたい企業が健全に活動できるのは誰のおかげなのか。国という土台があってこその企業活動ではないのか。なのにその国を蔑ろにして、儲けるだけ儲けて、税金を払わないどころか、その国の民にサラリーとしてきちんと還元しようともしない。そんな企業はソフトバンクだけではないが、これでは国は枯れる。企業栄えて国、枯るる、ではあまりに悲し過ぎるではないか。企業の発展もない。国を富ます企業を国も応援する、この基本を抑え企業が常に国に奉仕し国民を大切にする姿勢を忘れてはならない。これが本当の企業の生き残り策である。(了)f:id:mitsu369:20200207205954p:image

郵便局員は金持ちの奴隷か。郵政民営化の悲しい結末

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かんぽ生命保険の不適切販売問題を受け日本郵政、かんぽ、日本郵便の3社長が12月27日、引責辞任を表明した。社員40万人の巨大グループの経営トップが総退陣する異例の事態。いったい何が起こったのか。小泉純一郎元首相は「民営化が不徹底だった」と発言したが本当か。違う。民営化こそまさに今回の問題が発生した原因であり、追求すべき本質なのだ。


●弱者が弱者を叩く
この問題はつくづく悲しい。悲しすぎる。なぜなら「弱者」が「弱者」を傷つけてしまったからだ。しかも「弱者」が「弱者」を傷つけることを「強者」に強いられた。そこが悲しい。
ここでいう傷つけられた側の「弱者」とは、1人で4つも5つも保険に契約させられた老人。そして傷つけた側の「弱者」とは老人を騙して無理矢理、契約をさせた郵便局員だ。弱者がより弱い弱者を叩き、傷つける――。これほど淋しい風景はないではないか。
明確にしておきたいのが今回、退任した日本郵政グループ3トップは決して弱者ではない。老人を傷つけた弱者というのはその末端で仕事をさせられていた郵便局員たちだ。かんぽ生命から保険の販売を請け負う日本郵便は、全国2万以上の郵便局で新規に獲得する保険料支払額について、局や個人ごとに厳しい「ノルマ」を課してきた。その「ノルマ」の結果として契約者が不利益となった疑いのある契約が約18万3000件も発生したのだ。
もともと郵政民営化前、郵便局員に「ノルマ」らしい「ノルマ」など存在しないに等しかった。仮にあったとしても今ほどの厳しさはなかった。上司が部下を怒鳴りつけ、精神的に追い詰めながらノルマを達成させるような無茶はなかった。追い詰められた末端の郵便局員は、さらに弱い老人を騙し契約をとる。郵便局員も心では泣いていたに違いない。
だいたいそうまでしてノルマを達成しても、その郵便局員が年収3000万円も4000万円ももらえるわけではない。末端の郵便局員を怒鳴りつけていた上司、郵便局長にしてもそうだ。それほど高い年収を得ていたわけではない。では誰が得をしたのか。

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●資本主義とは金持ちが勝つ
結局、老人から保険料として吸い上げたお金は「強者」に回る。すべてスーテークホルダー(利害関係者)、つまり株主にその利益は流れていくだけなのだ。老人たちを騙して儲けた利益は、巡り巡ってかんぽ生命保険の株主に配当として回っていく。それが株主上場、つまり民営化ということの本質なのである。
当然だ。会社を上場して民営化すれば、株主の期待に応えることが第一義となる。コンプライアンスだ、情報共有だなどと生ぬるいことを言っている暇はない。資本主義なのだから、まずは儲けること。そして資本家、ここでは株主に配当を還元すること、それが何よりもまして優先される。末端の郵便局員はそのお金持ちがさらにお金持ちになるための先兵として駆けずり回ったに過ぎない。
つまりは今日の結末は郵政民営化が決まった時から分かっていたこと。郵便局員は田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの味方でなければならなかったのに。郵政民営化は、郵便局員とお年寄りの関係を割き、敵同士にしてしまった。
悲しい結末なのである。(了)



そして軍隊が動き出す

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最近こんなニュースがあった。兵庫県宝塚市が「就職氷河期世代」を対象に職員を募集したところ倍率が600倍を超えたのだという。

合格した4人には賛辞を送りたいが、それにしても不思議だ。世間は働き手不足の「売り手市場」ではなかったか。調べてみると実はそうでもない。職は溢れているが、では「納得できる賃金がもらえる職は」と探るとほとんどない。宝塚市の職員のように賃金水準がある程度高く、しかも安定感のある仕事はまず見当たらないのだ。

そんななか密かに注目されつつある職がある。

自衛官だ。


自衛官、家賃、光熱費はタダ
興味深いサイトを見つけた。北海道帯広地方協力本部のサイトだ。民間企業に就職した場合と自衛官になった場合で月給がどれくらい違うか、比較している。これをみると民間企業が初任給が20万3400円(大卒)なのに対して自衛官は22万2000円(幹部候補生)。かなり条件がいい。しかも家賃、水道・光熱費、食費はタダ。仕事用の衣類、靴代もかからず、給料の大半の部分が残るのである。訓練の厳しさや万が一の場合、命の危険にさらされることを考えれば当然といえば当然だが、待遇面だけみると特別職の国家公務員にあたる自衛官は民間企業よりも相当に恵まれている。


しかし政府がこの水準をさらに引き上げようと検討している。世間では10月から消費税が増税となり庶民の生活は厳しさを増しているというのにだ。そもそも自衛官増税の対象となる水道・光熱費、食費はただなのだから、痛税感はうすい。その上さらに給料が高くなるのだとしたら、自衛官はそのうち人気職種になる可能性すらある。

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●戦争の空気が漂い始めた
もちろん国の防衛に携わる人間の待遇が良いのは当然で、それを批判するわけではない。不気味なのはそうやってじわじわと自衛官のなり手を増やそうとしている政権の動きである。

安倍政権は2019年11月20日で在職日数が憲政史上最長となり、さらに記録は延びそうな勢い。この政権は憲法改正を宿願としており、経済界もこれを支持、安倍政権を延命させようと守りを固めている。確かに第2次安倍政権発足後、直近の半年までの指標をみると企業の経常利益は1・7倍、日経平均は2・3倍になっているのだから、経済界としては景気をうまく回してくれる安倍政権は大歓迎なのだろうが、戦争の準備に向け大きな歯車が動きだしたような気がしてならない。


安倍氏の盟友である麻生太郎氏は、安倍政権の政治遺産(レガシー)について、「歴史に残る政治遺産は4字で語呂がいいものが多い。岸政権の『安保改定』、佐藤政権の『沖縄返還』もそうだ。『憲法改正』はまさに4字だ」と語ったという。知的レベルの極めて低い軽薄な言葉で、この程度の政治家を副総理としなければならない日本国の人材不足はかなり深刻だが、もはやそれを嘆いていられるほどの状況にはない。


無批判に戦争になだれ込んでいった第2次世界大戦の前の空気感が、今ふたたび漂い始めたことを庶民は意識しなければならない。(了)